学校の選択

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 ところで、朝鮮学校を卒業した在日二世の中で、我が子である三世を朝鮮学校に通わせた者も少なくないが、彼等が皆「将軍様マンセー」で凝り固まった集団とは私には思えない。  もし朝鮮籍の在日が最初から「将軍様マンセー」で凝り固まっているのならば、ただその為に我が子を朝鮮学校に通わせるのならば、「元在日同胞とはいえ戦争停戦中の敵国同士」と、「韓国籍」は排除せねばなるまい。  だが今現在はともかく、30年前の当時では韓国籍の者が排除されるどころか普通に朝鮮学校に通っていた。  また、在日関連の催し物でお互いが出会ってみたところで、いがみ合いが始まる訳でもなければ、排斥しようとするでもない。  特に私の場合、「朝鮮籍の従兄弟」が子供らの引率等、世話人として催し物に参加している事が多く、当時従兄弟は朝鮮銀行の社員であった。(従兄弟は私よりひと回り年上である。)  催し物での子供らの引率は、在日韓国民団の青年部の人や朝鮮銀行・朝鮮学校等に勤める若い職員が担っていたようだが、別にグループに分かれるでもなく普通に接し、共同で行っていた。私もそうだが、そこに違和感を感じる者など特にいなかっただろう。  子供らは単に無邪気なだけだったかもしれないが、大人達は「在日それぞれの選択の結果」と受け止めていたのではないだろうか。  あの頃の情景を思い浮かべるに、私にはそうとしか思えないのだ。
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