父の昔話②

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 また母の話では、父は十代の頃から既に家計を支えていたそうだ。祖父は採石場で働いていたが、父が中学生くらいの頃に現場で頭に大怪我を負い、それ以降は以前の様に働けなくなってしまったとのこと。  その影響か、父は高校の学費を自分で働いて払っており、高校卒業後は文字通り一家を支える人間となった。 (とはいえ、祖父は享年から逆算すると大怪我をした時点で既に50代であるが)  そして二十代半ばで有限会社を起こし、数人の職人を率いる職人集団の頭として、各地で現場を取って働いた。母と結婚したのは会社を起こして数年も経たないうちのことだそうである。  そういう人生を辿っている父である。父の話の最後の「出て行けよ」というのも、その背景が分かると「進路を考えなさい」などと、綺麗に言われるよりも余程正しく強く響いてくる。  私自身、言い方も含めてその時の父の話は、小綺麗な小言よりも遥かに正しく、意味のあるものだと思っている。  ちなみに  「祖父が採石場で大怪我」と書きましたが  「祖父は韓国人(朝鮮人)だから危険な所で無理矢理働かされた」とか  「祖父が韓国人(朝鮮人)だから危険な作業ばかり押し付けられた」とか  当事者である祖父も、祖母も親も、ウチでそう語る人間はおりません。  ですので  すぐそういう話に結びつけたがるクソサヨクの皆さん、すぐそういうネタで私等を叩きたがるネトウヨの皆さん  どうぞお祭りは他所でおやり下さい。  …と、先に申し上げておきます。
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