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「好きだ……」
飲み会の席で突然腕を掴まれ、テラスへ連れて来られたかと思えば、目の前の同期が真剣な顔をして告げてきた。
状況を飲み込めず、キョトンとしたまま突っ立っていると、顔の前で掌を広げながら左右に振ってくる。ハッとして視線を泳がせれば、こっちを見ている同期と目が合った。
「お前……すっげぇアホ面……」
「はっ、誰のせいだと思ってんだよ」
いつもの調子で握った右手を口元で構えながら、ふっと笑っている。ついさっき、こいつに好きだと真剣な表情で言われたのは夢――なのか?
「いてっ」
思わず頬をつねって確かめてみると、鈍い痛みが走った。――ということは、これは夢じゃないってことだよな?
「っとに、何やってんだよ」
「いやっ、お前が変な冗談言うからだろ?」
「冗談って?」
「そりゃ、その……あの……えっと……」
言葉にするのが恥ずかしくて口ごもっていると、笑っていた口元が閉じられて、また真剣な表情へと変わった。
「冗談でこんなこと言うかよ」
「えっ、じゃあ……本気なの?」
「当たり前だろ」
「いつから……?」
「さあ……」
「さあ……って。わかんないのかよ」
「気づいたら好きだったし、いつからだなんてわかんねえって」
「あっ、そ……」
いつになく真面目な顔で答える姿から、嘘ではないということがわかることもあり、それ以上は何も言えなくなってしまう。
目の前のこの男は、上本一成という名前でこの会社の唯一の同期である。入社した頃から何をやるにもニコイチな関係で、気がつけば昔からの友人みたいに仲良くなっていた。
お互いに彼女がいるわけでもなかったから、月末になれば一ヶ月のお疲れ会と称して飲みに行くことも多かったのに、まさか上本が俺のことを好きだなんて――考えもしなかった。
生きてきた人生の中で、恋愛対象はいつも女だったし、付き合ったことあるのも女だったわけで、男をそういう風に見たことなんて一度もなかったから、正直にいえば、今のこの状況をどうすればいいのか、わからないのが本音だったりするわけで――。
「別に、渡瀬のこと困らせたかったわけじゃなくて、言いたいって思ったから……」
「それは別に……。ただ、上本をそういう対象として見たことなかったから、どう答えていいかわかんないっていうか……」
「それは別に……。今すぐ答えろなんてそんな無責任なこと言えるわけないってわかってるし……。ただ、欲を言えば、いつか好きになってもらえたらいいなって思ってる」
俺が――上本を好きになる?
想像したくても今はまだそういう段階でもなくて、好きだと言われたこともまだどこか現実味がなくて、それでも目の前にいる上本が俺に向ける視線は真剣そのもので――笑って誤魔化せるような話ではないということは、いくらアホな俺にでもわかる。
「どうなるかはわからないけど、とりあえず今まで通りってことでいい?」
「それはもちろん。渡瀬が大丈夫なら……」
「じゃあ、明日からも同期ってことで、よろしく」
「よろしく」
とりあえず、今までの関係と、仕事上の付き合いを壊すわけにもいかなくて、曖昧な返事のまま二人して握手を交わした。
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