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プロローグ
「ひゃッ……」
突然放り投げられるように男の肩から降ろされたジェトは小さな悲鳴をあげかけたのだが、寝台に顔から落ちたせいでその声は不発に終わる。
そして寝台は思った以上にふかふかで柔らかく、緊張続きに加えて盛大に疲労が溜まっていたジェトは、思わずそのまま睡魔に襲われた。が、現在の状況に慌てて首を振りながら顔をあげた。
「ち、近づかないで! じゃないと……」
ガタガタと震えながら、自分の腰から護身用の細いナイフを抜いて自分を連れてきた男に向ける。捕虜の身体検査を疎かにするなんて、不用心にも程があるとジェトは我ながら思ったが、しかし男は、軍属とは名ばかりのひょろひょろの聖女なぞ、刃物を持っていようがなんだろうが、簡単に無力化できる──とでも言いたげな余裕綽々な態度で近づいてきた。
そして。
「あー……確かこの辺……」
男は大きな左手一つでナイフを握るジェトの両手を掴んだ。そして、空いてる右手でジェトの首元から、衣服の中を弄る。
キャーキャーと悲鳴をあげるジェトだが、間もなく男の手が止まった。
「やっぱりあった」
出撃前、何かあった時の自決用に渡された毒の小瓶を掴み、男は金の目を細めてニヤリと笑いながら、ジェトの首にかけられた毒の小瓶をピンと引っ張った。
そしてそのまま、身構えるジェトのナイフでブツリと紐を切る。
「だーめだよ嬢ちゃん。こんなやべぇモンは、没収没収」
男は実に軽い口調で、小瓶を部屋に備え付けられた箪笥の引き出しに入れた。もちろん、がちゃりと鍵をかけることも忘れずに。
そしてそのまま、呆然としたジェトが座り込む寝台とは反対側に置かれたカウチにどっかりと横たわった。
「んじゃオレ、疲れてるし寝るから」
「……は?」
絶句するジェトなぞ見向きもせず、しかしジェトに向かって片手をひらひらと振り──そして間もなく、男は大きないびきをかきはじめた。
ひとまず、危機は脱したと思って良いのだろうか──張り詰めていた緊張が解けたジェトの手からナイフが滑り落ち、寝台の上に落ちた。それをジェトは拾い上げて鞘に納め、改めて周囲を見回す。
装飾や色味は少ないが、なかなか質の良い調度品に囲まれた部屋。そこに見知らぬ──それも、敵国の高位の将とおぼしき男と二人きり。
おまけにその男は、捕虜となった自分に大して興味などないらしく、気持ちよさそうに熟睡している。
まぁ、最悪の状況ではないことは一安心ではある──のだが──。
「なんだか、思ってたのと違うんですけど……」
安心したらどっと疲れがでてきて、ジェトは軽い目眩をおぼえた。
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