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第一章 青の国の聖……女……?
「──ま──さま、聖女様!」
ジェトは、耳元の声でハッと我にかえる。
いつも以上に長くかかる着付の途中でうたた寝してしまったのか、見回すと五、六人の侍女に囲まれた状態だった。
その向こうから乳母が心配そうにこちらを見ている。
「突然どうしたの? マリ。あと聖女様ってのはやめてちょうだい。なんだかくすぐったいわ」
「それはおじょ……聖女様が堂々と人前で居眠りをしてらっしゃるからです! 本日成人の儀を終えられたら神殿の主人。我が国唯一の聖女様となられるのですから、お……聖女様もどうか自覚というものを……ああッ! もう……はい。そうですね! 我らも練習です!」
そう言いながらもうっかり普段言い慣れている「お嬢様」と何度も言いかけて赤面する乳母に、ジェトだけではなく侍女たちもクスクスと笑った。
「外の人目がなければ、普段通りで構わないと思うわ」
「そういうわけにはいきません! おじょ……あぁ、もう!」
「楽しそうでなによりだね」
御簾で隔てた向こうから突然男性の声がして、思わずジェトは立ち上がった。侍女が身につけようとしていた金属製の首飾りが滑って落ちて、カシャンと軽い音を響かせる。
「ジャン様! ただいまジェトは準備中です! 殿方は乙女の身支度を覗きに来ないでくださ……アレ?」
怒りの勢いに任せてジェトが御簾をはぐると、「やあ」とにこやかに軽く手を振る婚約者に加え、もう一つの無言の視線とぶつかった。
車輪のついた特注の椅子に座り、ジェトを見上げながらも呆れたような感情を宿す瞳。
「お兄様! お加減は大丈夫なのですか!」
「……無期延期にした方がいいのではないか? 殿下」
何が。とクロイツは言わなかったが、話の流れからジェトの成人の儀の話だろう。粗忽者の妹に兄は早くも頭を抱えて、自らの車椅子を押してくれた妹の婚約者兼、自分の変わり者の主人──アレイオラ帝国第二皇子ジャンエリディール=コバルトを見上げた。
「そんなことはありません! ジェトは十五歳、もう立派な大人です!」
早い者は十二歳、遅くとも十七迄には成人の儀を行うアレイオラにおいてはまぁ普通──平均的な年齢ではある。
「ところがどっこい、ジェト……本当にごめん! クロイツの言うような無期限延期とまでは絶対に言わないけれど、とにかく今日においての成人の儀と聖女就任式は、少し延期させてほしい」
「……は?」
思いがけない言葉に絶句するジェト。第二皇子の来訪で一時中断したものの、背後で準備を続けていた侍女たちも思わず息を呑み、どういうことかと次の言葉を待った。
「あー……ちょっと言い辛いことなんだけどね……ポセイダルナの操者が戦死したって連絡が来ちゃってさぁ……」
「まぁ……なんてこと……」
精霊機ポセイダルナ。水の帝国アレイオラを守護する神の化身。
息を呑んだジェトは、ご愁傷様ですとジャンエリディールに頭を下げる。
「うん、幸い機体を奪われることなく、修復も進んでいるらしいんだけど、ちょっとややこしい事態になっちゃってね……『神託』が、次の精霊機の操者について、君を指名してきた」
「……はい?」
言葉の意味が飲み込めず、ジェトは思わず目を瞬かせた。
「私、軍属じゃありませんけど」
「うん、もちろん知ってる」
ジェトの言葉に、第二皇子は頷く。
「っていうか、男ですらありませんけど!」
精霊機の操者となるには、国で決められたいくつかの条件がある。
水の加護を持つ人間であること。
機体と相性が良い人間であること。
皇族に連なる男子であること……などなど。
「うん、それもよく知ってるよ」
明るい青の瞳いっぱいに涙を潤ませて一生懸命なジェトのリアクションが面白かったのか、ジャンエリディールの口の端が歪む。懸命に笑いを堪えようと顔を伏せて、その下にいるクロイツに助けを求めた。
「殿下。ウチの愚妹を揶揄うのもその辺で。ジェト。上層部も現在その件で大変混乱しており、お前の成人の儀もろとも今日の行事はまるごと中止となった。変更日については、今日明日の話にはならないだろう」
だから。と、兄は務めて冷静に口を開いた。
「例によって、神殿関係者に殿下の名を使って話は通してある。お前は自分で、現在の状況を問い質して来い」
ポセイダルナに! と、頭を抱えながら兄はため息を吐いた。
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