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第二章 婚約者の秘密
精霊機。それは、かつてこの世界に存在した七つの帝国を守護するという、精霊の依代。
それから二千年近くの時代を経て、現在は東のアレイオラと西のフェリンランシャオの二大帝国を残すのみとなっている。
戦況としては、国土の面積や勢いこそアレイオラの方が優ってはいるものの、七機の精霊機のうち、アレイオラ帝国が保持するのは水の精霊機ポセイダルナのみ。
六機の精霊機を保有しながらも常時劣勢のフェリンランシャオを軽く見るか──もしくは特にここ数十年の話ではあるが、元々アレイオラが所有していた風の精霊機の奪取等、数々の奇策を用いてあの手この手で翻弄してくる不気味な存在と見るか、見解の分かれるところではある。
ただ、そんな話はジェトの置かれている現状には関係ない。
『悪いようにはしない』と言った精霊だったが、案の定、上層部の会議は紛糾している。
これまでの慣例をぶち壊し、女で、しかもまだ成人前のジェトを選ぶという非常もとい異常事態において、反論が出ないわけがない。
まぁ、いくら他者が駄々をこねたところで、エステルが『ノー』と言ってしまえば、精霊機は強力な兵器から、動かないただの巨神像となってしまうだけの話であるのだが。
(どうせ我が国の方が優勢なんでしょ? 私としては、そっちの方がいいんだけどねー)
今も会議が行われているであろう城から、少し離れた祖母の屋敷の庭園にて。出されたお茶を飲みながら、ジェトは小さくため息を吐いた。
暖かく、柔らかで控えめな花の香りが鼻腔をくすぐるが、どこか上の空な様子に、向かいに座る五歳年上の従姉──フロラインがジェトの顔を覗き込んだ。
「さんかいめ」
「え?」
じいっと見つめる淡い緑の瞳のその顔は、同性のジェトも思わず見惚れてしまうほど美しい。
「さんかいめ」
もう一度、彼女は繰り返した。
彼女はその容姿に加えて昔から口数──というよりは言葉数自体が少なく、また表情を表に出すのが苦手で、良く言えば繊細で細密な彫像のようだが、悪く言うなら何を考えているかわかりにくく誤解されやすい。
しかし実際は、人一倍心優しく、他人の心の機微に敏感だ。
「ためいき」
彼女の言葉に、ああ、とジェトはようやく彼女の言いたいことを理解した。
無意識に三度もため息が漏れていたらしい。
「ごめんなさい。姉様」
ジェトの言葉に、フロラインは椅子をジェトの方に寄せ、そのままジェトの頭を撫でた。相変わらずフロラインの表情筋はぴくりとも動かないが、彼女に相当心配されているらしいということは、ジェトにもしっかり伝わった。
「ごめん……なさい……」
なにも、できなくて──そう、フロラインは顔を伏せる。
そんな時、バタバタと騒々しい足音が響いた。
「やあ。クロイツから此処だときいて……おやぁ? うん、実に目の保養だねぇ」
「ジャン様!」
茶化す第二皇子に、ジェトは頬を染めて抗議する。
「あはは。悪かった悪かった! 怒らないでくれ」
頬を膨らませ、ポコポコと背中を叩くジェト。そんな二人の様子に、微かにフロラインは目を細めた。
「ごき……げんよう……おにいさま……」
「ん……あぁ、こんにちは。フロライン」
ジャンがフロラインに優しく微笑む。そしてそのまま「今日も変わらずお美しい」といつものように続けるものだから、ジャンの尻尾のように伸ばして結んだ青い髪の毛を、力一杯ジェトは引っ張った。
「痛った! ジェト何すんの!」
「ふんっだ!」
ジェトはベーッと舌を出し、怒って勝手知ったる邸宅の中に大股で入って行った。
「ったく……しょうがない子だなぁ……」
無表情のまま──それでも、ジェトの様子にかなり慌てているのか、従妹と第二皇子を見比べるフロライン。
そんな彼女を見て、ジャンは苦笑を浮かべた。
(そうだよ……カトラルドの婚約者様に、手なんか出せるはずないのに……ね……)
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