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ジェトとジャンエリディールの婚約は、正直ジェトも思い出せないくらい幼い頃から決まっていた話である。
が。
(あのポンコツ皇子ー! なんでアレでバレてないと思ってんのよ!)
毎度のことながら内心イライラしつつ、ジェトは祖母の邸宅内を早足で歩いた。
正直、ジェトはジャンエリディールのことがよくわからない。好きか嫌いかの二択を迫られれば、間違いなく「好き」と答えるだろうが、それが恋愛感情なのかと問われれば、思わず首を傾げてしまう。
強いてあげる近しい感情は、クロイツに対するものだろう。
しかし。
何時だっただろうか。ジャンのフロラインに向ける視線が、自分に向けるものとは違うという事に気付いたのは。
「おやおや。荒れてるねぇ」
「おばあ様!」
クスクスと笑う女性の声に、ジェトは顔を上げた。六十代──いや、七十は近いはずなのだが、フロラインによく似てその顔は美しく、また、彼女とは違いはっきり明確に表情に感情が宿る。今は自分を見て、とても面白がっている顔だ。
「おばあ様……アレ、なんとかなりません?」
窓の外からチラリと見える二人の姿をジェトは目線で指した。
「どう考えても相思相愛……私より、姉様の方がお似合いなんですけれど……」
「んー。そうだねぇ。アンタがフロラインの代わりに件の第三皇子に嫁ぐっていうんなら、多少私から進言しても良いとは思うんだけど……」
あー……と、ジェトはため息を吐く。
ジャンの弟──異母弟の第三皇子カトラルドについて、ジェトの認識は「よく解らない」。というより、「よく知らない」と言った方が正確かもしれない。
クロイツ同様、体が弱いという話ではあるのだが、本当に表立った行事に一度も出てきたことは無く、顔も性格もほとんど知られていない。
「もっとも、アンタの親父さんと陛下との仲じゃ、各方面から却下されるのは目に見えてるだろうけどね」
ケラケラと笑う祖母に、ソウデスネーと、ジェトはため息を吐いた。
先代の皇帝陛下には二人の皇子がいたのだが、揃いも揃って未婚のまま戦死してしまい、残された唯一の皇女アセトの夫として候補に挙がったのが、分家出身の現皇帝陛下であるハロエリスと、同じく分家出身でジェトの父であるヘルデで──いわば、ライバル同士だったのだ。
最終的に現皇帝陛下が後継者として選ばれ、ヘルデは捕虜となっていた亡国皇妹を妻に迎えた──という経緯については、この国に属する者なら皆知っている話──なのだが。
「でも、よく解らないのは、どうしてカトラルド様は駄目で、ジャン様なら良いのです? カトラルド様もジャン様も、同じ皇子様に変わりないのに」
ジェトの言葉に、初めて祖母の表情が固まる。眉間に皺をよせ、「ちぃと、失言だったかねぇ」と祖母はため息を吐いた。
「ここだけの話──だよ。ジャンエリディール皇子とカトラルド皇子が異母兄弟──母親が違う事は知ってるね?」
こくり。と、ジェトは頷く。この国は一夫多妻なので、きちんと家族を「養える」限りは、何人妻を娶っても問題は無い。
「……父親も違うんだよ。ジャンエリディール皇子は、ハロエリス陛下の子じゃない」
「は?」
思わずジェトは息を飲んだ。そして、すぐに頭が混乱する。
あの見事な青髪青眼を持つ婚約者が、皇帝陛下の血を引いてない──?
「あ、そうか……」
しかし、すぐに納得した。女子に継承権は無いが、元々この国の正当な血統の嫡流は皇后アセト──つまり、ジャンエリディールの母親の方だ。
「現状、皇太子のパルトナス殿下がいるからとりあえずは大事にはなっちゃないけど、嫡流の第二皇子派と、皇帝の血を引く第三皇子派──嫡流で、かつ皇帝の血も引く皇太子になにかあった時にどちらが実権を握るか、牽制し合ってるわけさ。縁を結ぶという意味でも」
滅んだメタリア皇族であっても、『皇族』という地位はそれなりに使い道と影響力はある。と、祖母は言った。
最後のメタリア皇帝ジェダイ=ビリジャンの第二皇女であるフロライン。
ジェダイ帝の皇妹ビクスと、皇帝と権力を争った男との間に生まれた娘であるジェト。
ジェトの聖女云々は後から発覚したオマケ要素が強いので置いておくが、確かにメタリア皇家(とアレイオラ皇家)の血を引く娘が、そろって第二皇子に嫁ぐとなると、パワーバランスが崩れてしまう。もちろん他のアレイオラ皇族の分家にも未婚の女性や女児はいるが、家柄的にジェトたちに勝る者はいない。
(どちらかというと、カトラルド様の後ろの方々が、姉様を離しそうにないなぁ……)
そして、ジャン様の後ろ……主に『皇帝に対抗しうる実力を持つ男の娘』という部分でアセト皇后が自分を強く望んでいるという噂も。
窓の外では、相変わらず第二皇子と従姉が仲睦まじい様子を見せていた。
その姿は、ジェトから見ても微笑ましい。
──なんていうか。
(ままならないなぁ……)
そう思うと、本日何度目かのため息が、ジェトの口から自然と漏れた。
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