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第三章 覚悟の毒薬
結局、偉い人たちの攻防も空しく、ジェトの精霊機の操者就任が本格的に決定した。
「えー! いいなー! 我が娘ながら、ジェトちゃんってば羨ましい……」
「くぅ……私の加護が水ではないばかりに……」
「ごめんねへーちゃん。緑の精霊機、姉様が炎の帝国に結納品で持ってっちゃって……」
などと、捕虜になる前はメタリアの姫でありながら武人でなおかつ量産型人型兵器乗りだったビクスと、現役で軍を率いて指揮官専用機を乗り回しているヘルデが、本気で羨ましがったことはさておき。
方針が決まってからは早いもので、それからは目まぐるしい速さでジェトは成人の儀と聖女就任式、精霊機の操者就任式と、着々と行事を消化していった。
そして、ひと月──。
「お疲れ。聖女様」
成人の儀の際、正式に婚約者として発表されたジャンエリディールが、果実水をお土産に神殿の執務室にやってきた。
午前中は聖女として神殿で祈り、午後は操者としての訓練を受ける。これが、最近のジェトのルーティンだった。
そして、訓練時の移動の際は、いつもジャンエリディールが迎えに来てくれる。
「うーん、冷えてて美味しい……」
ちょうど喉が渇いていたので、ジェトはそれを美味しくいただく。彼はこういうところが本当に気が利いて、紳士的で優しい。
「ありがとう。ジャン様」
「どういたしまして」
軽くウィンクして、第二皇子は微笑んだ。
「訓練はどう? 女の子には少し、厳しいかな?」
ジェトは首を横に振る。
精霊機の操者が男に限定されていることからもわかるよう、元からこの国に女性の兵士は存在しない。
しかし、ジェトのもう半分のルーツである故国は違う。彼の国は普通に女性騎士が戦場に立ち、量産型人型兵器を乗り回して戦っていたと聞く。
「夜に、母と祖母からしっかりみっちり稽古をつけてもらってますから、それに比べれば問題ありません!」
ぐっと拳を握って力説する。
「そっか」
苦笑しつつ、ジャンエリディールはその頭を撫でた。
「それじゃあ、そろそろ初陣の話をしてもいいかな?」
ブッ! 思わずジェトは噴き出した。ゲホゲホと咳き込む彼女の背中を、ジャンエリディールは慌てて撫でる。
「ゴメン! 驚かすつもりはなかったんだけど」
ジェトの息が整うまで、ジャンエリディールは待ってくれていた。
「あの、早すぎません?」
「んー、オレもそう思うんだけど、前線から急かされちゃってるんだよねー……早く精霊機連れて来いって」
困ったように──ジェトにこの話を続けるべきか、一瞬躊躇いながら──それでもジャンエリディールは続けることを選んだ。
「曰く、『バケモノ』がでるとか」
「……はい?」
思わずジェトの目が点になる。
バケ……モノ……?
「なんですかそれ」
「いわゆる巨大未確認生物」
まぁ、情報が錯綜してて、本当に生物かどうかはわからないけど。と、ジャンエリディールは眉に皺を寄せた。
「フェリンランシャオの新兵器という説もあるけど、奴さんにも襲いかかってるの見たって話もあってさ……とにかく、いつも現れるのは夜で、正直よくわからない」
「は、はぁ……」
話している方も眉唾に感じているらしいことが、その表情からじわじわ伝わってくる。
故にジェトも正直信じられない。
「そんな顔しないで。今回はオレとビクス様も一緒に行くから安心して! ……あ、移動中、男所帯になってしまうのは本当に申し訳ないけれど」
「は、母も……ですか?」
ジャンエリディール曰く、この国で量産型人型兵器に乗れる女性は稀有で、母同様、二十年前にメタリアから連れてこられた元捕虜の女性騎士のみ──とのこと。
その中からビクスを含めた何人かを選んで、初陣のジェトのサポートにしばらく回ってもらおう。という話をジャンエリディールが提案し、無事採用されたらしい。
もちろん、元騎士とはいえブランクは二十年。遊びに行くわけではないので、しっかりと訓練に参加し、カンを取り戻してもらわないと困る。とのジャンエリディール談。
「すごい……ジャン様、ちゃんと考えてくださっているんですね」
「どういう意味かなソレ!」
ジェトの素直な感想に、思わず苦笑を浮かべるジャンだったが。
「……うん、じつは、ね」
彼は優しい表情で、本当の提案者の名前をジェトに囁いた。
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