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第四章 初陣
量産型人型兵器。VDとも称されるそれは、精霊機を模して人間の手で作られた金属の巨人。
日が暮れた薄闇の中、精霊機に乗るジェトの目の前で強くチカチカと瞬くたくさんの光。
これが本物の星ならよかったのに! と、ジェトは心の中で何度も叫んだ。が、現実はそんなわけはなく、目の前には星ではなく敵軍が広がり、先ほどから睨み合っている状況だった。
「ジェト! 君はここから動かないで! 大丈夫。ポセイダルナの射撃範囲は世界一だ! 戦闘が始まれば、相手に向かって適当に撃ち込めばいい!」
緊張を和らげるためか、軽い口調でジャンエリディールから通信が入った。
ジャンエリディールの乗る青い量産型人型兵器──通称ラーケペラが、ジェトのポセイダルナの隣に立つ。
その隣にはビクスの乗る明るい緑の量産型人型兵器──テフェネトが、フェリンランシャオ軍を狙い、長距離銃を構えた。
「あ、あの、ジャン様……その、気のせい……かもしれませんけど……」
微かに上ずるジェトの声。隣にはエステルが立っていて、震えるジェトの手を、ぎゅっと握ってくれていた。
「えっと……さっきから、誰かに、見られてる……ような……」
その時、突然地面が強く揺れた。
『ジェト! 下注意してッ! 飛ぶわよッ!』
「皆さん! 上に飛んでくださいッ!」
エステルの声が聴こえない人間のために、ジェトは声を張り上げた。
精霊機はエステルが動かして難を逃れ、ジャンエリディールとビクスも無事だが、何機かの機体が、突然脈絡もなく抉れた地面に飲み込まれた。
「ちょ……なんなの……アレ……」
「もしかして、ウワサのバケモノってアレ? マジかよ! ホントにいたの!」
ワナワナと震えるジェト。ジャンエリディールも驚きを隠せず、動揺した声で叫んだ。
割れた地面に、暗い闇が広がる。けれど太陽の沈んだ環境下において、その闇は周囲に同化し、何が潜んでいるのか、まったく見えない。
「あーテステス。聴こえますかーアレイオラの皆さん!」
突然、回線に割って入る女性の声。
「こちら、フェリンランシャオ所属、光の元素騎士サフィリン=ヘリオドールです。あ、見えてる? こっちこっち。南の方!」
薄暗い中、全身光り輝く黄金色の機体が、ブンブンとアピールするよう、両手を振っていた。動きはどこか戦場に似合わずコミカルだが、背に取り付けられたブースターがまるで有機的な翼のようで、思わずジェトの口から「綺麗……」と言葉が漏れる。
「光の精霊機……だと……!」
ジャンエリディールの声が驚きで上ずった。
その声に、相手がまさか自分と同じ伝説だなんて──と、ジェトも思わず息をのむ。
「えー、我が軍はそいつに用があるので、アレイオラ軍とは一時停戦を求めます! これ以上被害を受けたくなかったら、下がりなさい!」
言うや否や、金の機体のブースターの隙間から、六門の銃口が地面に向かって向けられた。
「ターゲット・タルタロス! ファイアッ!」
一斉に光線を地面に向かって打ち込むと、悲鳴のようなくぐもった声が響く。ということは、やはりコレは巨大な生物なのだろうかと、ジェトは身震いした。
その時、先ほどからの視線が、一層強くなった気がした。地を見ると、真っ黒な空間に幾つものぎょろぎょろと動く赤い目が広がって、獲物を探すかのように動きまくっている。
そして、一点集中とばかりに全ての目がポセイダルナを向いた。
「ひッ……」
よくわからない不気味さと恐怖に、ジェトの足がすくむ。
『大丈夫』
ジェトの手をエステルがぎゅっと握る。
『ジェトは、私が護る!』
ポセイダルナは空高く飛び上がった。
そして背中の長距離狙撃砲を構え、真下に向かって構える。
『巻き込まれたくなかったらどいてッ!』
「み、皆様退避ー! 避けてくださぁい!」
エステルの言葉を代弁するよう、ジェトが叫ぶ。同時にポセイダルナの砲撃が、目玉お化けの闇の塊に向かって放たれた。
しかし。
「え……ウソ……」
『はぁッ! ナニソレそんなのアリかッ!』
まるで闇が口をあけるよう、ばっくりと割れて、砲撃をがぶりと飲み込んだ。
あろうことか、おまけにモグモグごくんと咀嚼までする始末。
『やーめとけやめとけ。弾の無駄じゃい』
「じいさんの言うとおり。アンタらじゃタルタロス相手するにゃ、相性が悪すぎる」
不意にポセイダルナに通信が入る。声からして、男が二人。
誰? とジェトが問う前に、エステルが微妙な顔をした。
『ちょっと……あんなの出てくるなんて、私聞いてないんですけど……』
エステルはぐぬぬと唇を噛み、怒りで肩が震えている。
『そりゃー、意図的に言ってなかったからのー』
『よーしさっきの光の精霊機の中だな! 一発殴らせろ! このクソ親父!』
え? と、エステルの言葉にジェトは絶句。
精霊の、お父様……?
しかし、声は振動とともに、意外なところから現れた。
「ったく、空高いからって、懐ガラ空きもいいところ……ってじいさん……アンタ、娘って……奥さんとほとんど年齢変わらねーじゃん!」
『ユーちゃんは後妻ですー。やっほーエステル! ざっくり雑計算二千年ぶりのパパじゃよ……』
バキィッ! と、エステルは突然心臓の入り口を無理やり開けて乗り込んできた老齢の男を無言で殴り倒した。
後ろから乗り込もうとした赤い髪の男が、「うわぁ……」と、二人の様子にドン引きしている。
──ということは、この男は自分と同じく少なくともエステルの姿が見えており、声も聴こえている──ということになる。信じられないが。
「家庭内暴力反対! 怖ッ……」
『非常識にも程があるアンタらに言われたくはないわよ! 命綱ナシの生身で量産型人型兵器の外に出るとか! 一体高度どれだけ上昇してると思ってるの!』
落ちたらどうする気! と、エステルは顔面蒼白で、半分外に体が出たままの男の腕を掴み、中に引っ張り込んだ。
ちなみに全天モニターの後ろを振り返れば、見たことのない心臓剥き出しの機体が、まるで無理矢理おんぶをせがむ子どものようにポセイダルナの首と腰に腕を回してしがみついている。
ぜーはーと慌てた息を整え、エステルが口を開く。
『……で、アンタが件のシャファット様ね。ふーん、確かになんだか色々混ざっている割には、精霊機の動作に異常はみられない』
混ざっている……と言うエステルの言葉に、ジェトは何か違和感を覚えた。と同時に、先ほどの目玉に睨まれた時のように、なんとも言えない、嫌な予感──悪寒が走る。
「貴方、何です?」
思わず「誰」ではなく、「何」と問うてしまったが、男はさほど気にした様子はなく、にっこりと人懐っこい笑みを浮かべた。
「これはこれは。自分はアウイナイト=エスメロード。この戦場に最も近い、フェリンランシャオ領パルミット城を任されている、しがない城主でございます」
男は丁寧な所作でお辞儀をする。
が、父のように見て判るような筋骨隆々とまではいかなくとも、男はジェトの頭一つ以上背が高く、見下ろされる形になるせいで、その威圧感たるや半端ではない。
「そんなわけで水の操者のお嬢様。ちょっと相談がございましてね。バケモノ相手の戦闘のドサクサで大変申し訳ありませんが、城までちょっと、御足労いただけませんかね?」
『……手荒に扱ったら、承知しないわよ』
「……エステル?」
ジェトは不安げにエステルを見つめる。先ほどから、エステルは何か、ジェトの知らないことを知っているような──。
エステルの言葉に、「もちろん」と男は微笑みながら答えた。
「国境を越えた、人類存亡の内緒話ですから」
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