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「サトウさん、好きだ! 付き合って下さい!」
扉の隙間からほんの少し見えた彼女に必死で叫ぶ。この瞬間は、忘れられない。
オレは冷蔵庫から卵を取り出し、長い溜め息をついた。今朝、彼女と初めてケンカしてしまった。同棲初日だっていうのに。彼女がつくった卵焼きに「甘っ、砂糖入れたんだ。塩じゃないんだね。」
と言ったのだ。せっかく、料理の苦手な彼女が一所懸命作ってくれたのに。
ボクには理想がある。サトウさんを優しく包み込みたい。いくら相手がサトウさんでも、尻に敷かれるのは嫌だ。
こういうときは、実家の仲直り料理しかない。オレはあたたまったフライパンに卵を落とし、その上に砂糖をかけた。トロトロしていた卵が少しずつ固まり始める。オレはタイミングを逃すまいと卵と睨み合った。
初めてサトウさんと触れ合った瞬間、これは運命だと確信した。溶けあって、二度と離れられないような感じがした。だんだんと体が熱くなり、世界に二人しかいないような気がしてきたんだ。
彼女はソファの上でふてくされたように俯いて、膝を抱えている。そんな彼女の前にオレはおそるおそる目玉焼きを差し出した。
「ごめん。オレ甘い卵焼きも嫌いじゃないよ。むしろ好き。言い方悪かったよね。傷つけてごめん。」
彼女はふふっと笑った。本当に可愛い。惚れ直す。
「いいよ。怒ったわけじゃないの。落ち込んだだけ。でも、そうだったんだ。良かったぁ。」
それからオレのつくった目玉焼きに目を落とした。
「これ、もしかして、お詫び?」
「うん。オレん家の秘伝料理、おかしな目玉焼き。けっこう美味いんだ。」
「へーえ!じゃあ、いただきます!」
部屋中に佐藤さんの明るい声が響いた。
ボクは卵としてどうしても卵焼きになりたかった。でもなれなかった。結局、なりたくなかった目玉焼きになった。当然、卵は砂糖(さん)の下敷きだ。でも、一緒にいられるなら、これで十分。
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