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第二章 富士錦食品登山部
富士錦に入社して、既に3ヶ月が経った。
男鹿 創は、営業の仕事に就いていた。
毎日毎日、ネクタイと背広で、街中を走り回り、スーパーマーケットや小売りの店舗、果てはコ三島に声をかけた。ンビニの大元の営業所まで、先輩と二人三脚で、走りに走り回っていた。
営業の先輩は、大学の先輩でもある、三島 幸助であった。
「三島先輩、例の件、進捗はどうですか?」
営業の仕事が一段落して、休憩にと寄った喫茶店で、ハジメは三島にそう聞いた。
「ハプン リアリイ?ああ、ザッツライト!」
三島は、軽く手を叩き、
「中々、ナイスリアクションだ!」
テーブルのコーヒーを、軽く啜って、
「発起人をトゥゲザーして、ボスに掛け合って、何とかトークを聞いてもらって……。」
三島は、コーヒーを飲み干すと、
「アヒューデイズには、ナイスアンサーが来ると思うよ?」
三島は、例の変な英語が混ざる話し方でハジメに、ニッと笑いかけた。
「それじゃあ、いよいよ?」
「ああ、富士錦食品登山部の発足だな。」
翌月、正式に登山部が発足した。
「会社の福利厚生の一環として、クラブ活動を承認している。故に、クラブ活動も業務の一つ、生なかな考えでは、何事もなし得ない!」
発足式の宣誓を、緑町 静が、行った。
登山部の発揮人は、緑町 静、三島 幸助、そして営業部長の藤間 雄介。
メンバーは、緑町 静、三島 幸助、吉田 尊文、善文の、吉田兄弟。そして男鹿 創であった。
「其れでは発起人の一人であり、名誉会員の藤間営業部長に、祝福の辞を頂きます。」
「パチパチパチパチ!」
緩慢な拍手に出迎えられて、初老の男性がお立ち台に登った。
「諸君!我が富士錦食品は、食品業界では未だ中小の存在では有りますが……。」
と、長々しい演説を垂れて、
「様々な意味を込めまして、晴れて登山部の発足に漕ぎ着けました。此れよりは、会員の皆さんの努力で、世界の最高峰を股にかける、そんな存在にしていこうではありませんか!」
「パチパチパチパチ!」
会場の講堂内に、寒ざむしい拍手が木霊した。
「有り難うございました。其れではここで、登山部発足の初イベントの、発表であります!」
司会進行を勤める、緑町 静が、勿体ぶりながら、最初の登山行の企画を発表した。
「今季最初のミーティングは、高尾山であります。」
ちょっと間が空いて、会場内にどよめきが沸いた。
「まあ、まあ、会員の中には、歴戦の強者もいると思いますが、今回は肩慣らしと、会員同士の親睦を深めるのが、本会の本意であります。」
緑町はそう言うと、発足式の解散を告げたのだった。
「三島先輩、部の初登山が高尾山と言うのは、誰の発案ですか?」
会社が引けて、青雲寮に戻った男鹿 創は、夕食の用意をしながら、三島 幸助に聞いた。
「ミーも、其処にノーステイだったから、ミドリンにリッスンしたら、マーケットコマンダーの藤間部長の意見だそうだ。」
「へえー?」
ああ、やっぱり。と言った表情を三島に向けた。
「ところでハジメ、今夜のメインは、なにかな?」
「今夜は、鶏胸肉のコンフィ、アップルソース和えです。」
青雲寮では、寮生に夕食の当番が、振り分けられていた。
今日水曜日は、ハジメと三島の当番であった。
「鶏のコンフィは、レッグがセオリーじゃなかったか?」
三島が、聞いてくる。
「普通は腿肉を使いますが、わが社の商品ラインナップを見ていたら、良いものを見付けまして…。」
そう言いながらハジメは、台所の端にある、冷凍庫の中から、派手なパッケージの品物を取り出した。
「お、良いものを見付けたな!」
三島の後ろから、聞き覚えのある声が飛んできた。
「あ、ミドリン?帰ってたんだ。今夜は洒落たご馳走の、様ですよ。」
「あ、緑町さんお帰りなさい。」
ハジメは、緑町に向き直った。
「それは、昨年のヒット商品の一つ、ミックスハーブスチームシリーズ。鶏胸肉のスチーム。」
自慢気に、緑町が答える。
「此の胸肉のスチームは、かなりの優れものですね?胸肉をそのまま焼くと、パサパサになって、うまく行かない。蒸し鶏であれば、パサつかないし、固くもならない。しかも、ミックスハーブのせいで、豊かな香りを楽しめる。」
「しかも、わが社独自のミキシングで、料理のレパートリーの幅が広がる!」
ハジメの賛辞の後を受け取り、緑町が付属解説を、差し挟む。
「さあ、出来ました!三島先輩、お皿お願いします。」
こんがりと焼けた鶏胸肉のコンフィを、お皿に盛り付けて、ハジメのオサンドンは、終了した。
「さあ、頂きましょう!」
緑町の合図で、青雲寮の夕飯が、始まった。
テーブルの上には、ハジメが焼いた鶏胸肉のコンフィと、季節のサラダ、コンソメのスープ。それに、デザートのフルーツパンチが、並んでいる。
勿論、炊き立ての白米が、湯気を立てている。
それを取り囲む、数人の男達。
「頂きます!」
誰彼と無くそう言うと、ダイニングに咀嚼音が木霊するかのように、食事が始まった。
食事中は、絶対の無言であった。皆の口から出るのは、呼吸音と咀嚼音。後は、食器が奏でる、接触音か。
「プハーッ、旨かった!ご馳走さま!」
ほぼ全員が、食事を終えて、食器を手放した。
「いや、旨かった!」
緑町が、此れでもかッ!という笑顔で、ハジメに目をやった。
「此の数ヵ月で、かなりの腕を上げたな?ハジメ。」
緑町は、ハジメをこの上なく称賛した。
「ザッツライト!ベリーデリシャスだよ。ハシメ!」
三島幸助が、その太い腕をハジメの頭に回して、ワシャワシャとなで回す。
「流石、山飯王のハジメ!こう来るとは、思わなかった。」
吉田兄弟が、ユニゾンで称賛する。
「やあ、やあ、本当によい食事だよ、ハシメちゃん!」
ジャッキーが、満面の笑顔でハジメの手を握る。そして、思いっきりハグ。
「うわっと、ジャッキーさん。チカイチカイ!」
キスでもされるのではないか?と言う位、近づくのだった。
食事が済んで、居間でお茶をしていると、
「ああ、ハジメ。真珠ちゃんはどうしてる?」
緑町が意気なり、ハジメに振る。
「え?真珠ですか?」
ハジメは、面食らった。
「確か今年、高校卒業だろ?何処の大学に入学ったか?」
「いえ、真珠は、叔母さんの食堂に就職して、料理修行をしています。」
「叔母さんの?ああ、馬オバサンか?」
「なんだ?真珠ちゃんって、」
その話を聞いていた、三島と吉田兄弟が、食いついてきた。
「聞いたことがある、確か、お前の従姉妹だよな?」
三島幸助が、ハシメの首に腕を掛けようとした。
「俺達は、聞いてないぞ!」
吉田兄弟が、ハシメを掴み掛かろうと、ニジリ寄る。
今でこそ、山登り女子は流行りで、女子だけでキャンプに行くのも珍しくは無いようだが、ちょっと前までは、山と女子は相容れない存在だった。
特に昔からの山岳信仰のせいか、女子を疎む山岳会が多い。ハジメの居た大学の山岳サークルも、女子は受け付けていなかった。
当然、ハジメを始め、吉田兄弟や三島幸助も、女子には全然縁がない。
ハシメに従姉妹がいて、其れが年頃と聞いて、吉田兄弟や三島幸助が色めき立ったのは、致し方ない。
「まあ、敢えて紹介はしなかったけど、従姉妹だし、色っぽくないし…?」
ハジメがゴニョゴニョ話し始める。それでも、女ッ毛の無い青雲寮では、潤いにも似た、ひとときであった。
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