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序章 男鹿 ハジメは、飯を食う!
春は、別れと出会いの季節!
男鹿 創はこの春、晴れて大学を卒業して、希望していた食品メーカーに就職するとこが出来た。
其を機に実家を離れ、職場の近くの独身寮に住むことになった。
知り合いの伝を頼りにたより、古い一軒家を数人でシェアリングする、シェアハウスでの自立生活である。
男鹿 創がこの食品メーカーに就職を決めたのは、元々食いしん坊なのと、このメーカーの冷凍食品に学生時代、何回も助けられた(ちょっと大袈裟)からであった。
男鹿は元々、山が好きで、学生時代は良く仲間たちと、登山に出かけていた。その時に良く利用したのが、件のメーカーの冷凍食品&レトルト食品であった。
勿論、学生時代は登山サークルに参加していて、ことあるごとに仲間や、はたまた単独での山行を敢行していた。
四季折々の山は、男鹿を優しく、はたまた厳しく受け入れてくれた。
そして、山の中で食べる飯は、最高だった。仲間で、または一人で、大自然に囲まれながらの飯は、街中で食べるのとは一味も二味も違っていたのだ。
男鹿創が、その家に着いたのは、大分日も傾いた夜七時を過ぎた頃だった。
「ピンポーン」
呼び鈴を押して、直ぐに誰ががこっちに来る気配があった。
「ガチャッ」
玄関を開けて現れたのは、ヒゲモジャの大男であった。
「お?ハジメか?よく来たな、まぁ、入れや!みんな揃っているぞ。」
その大男は、破顔しながら、男鹿を家の中に招き入れた。
「おう!新入寮生の、紹介だ!」
ヒゲモジャの大男は、大広間に創を連れて行くと、そこに集まっていた男たちの前に、創を立たせた。
「知っているやつもいると思うが、改めて紹介する。今度この寮に入ることになった、男鹿 創君だ!」
パチパチパチ…!
その場にいた全員が、拍手で出迎えた。
「では、早速歓迎会だ!」
ヒゲモジャ男が言うが早いか、大広間の奥の襖がサッと開いて、豪勢な料理がコンモリと乗せられた、大きめの卓袱台が運ばれてきた。それと同時に、奥の部屋に待機していたのであろう、派手な衣装を着た三人の女性が、ビール瓶を両手に入ってきた。
「ドワ〜ー!」
それと同時に、大広間に歓声が湧き上がる。
「どうも~。」
とてつもなく明るい声が、大広間にいる野郎どもを歓待した。
「ようこそ、青雲寮へ!」
そう言いながら、女性達がハジメに群がった。
大きめのジョッキを、ハジメに手渡さすと、其れになみなみとビールを注ぎだした。
呆気にとられているハジメを尻目に、周りの野郎たちが、
「青雲寮、歓迎の儀!」
と、囃し立てる。
「ソーレ、一気!一気!」
その場にいた全員が、手拍子でハジメを乗せはじめる。
「はあっ。」
ハジメは、大きい息くを吐いて、ジョッキに口をつけた。
ゆっくりと、ジョッキを傾けて、中の黄金色の液体を、ゴクゴクと喉を鳴らして、飲み込んでいく。
「ブハァ!」
「うおぉぉぉ!」
ハジメがジョッキを空にするや、大広間に歓声が湧き上がる。
「では、野郎共!喰らうぜ!」
「おお!」
ヒゲモジャ男の合図で、宴会はスタートした。大きな卓袱台の周りに、ゴッツい男たちが車座になり、思い思いに料理に箸を伸ばす。
ハジメの隣に、あのヒゲモジャ男が腰を下ろし、酒の入った茶碗を差し出した。
「先ずは、入社&入寮オメデトウ!」
ヒゲモジャ男の、差し出した茶碗を受け度って、ハジメは笑顔を返しながら、
「ありがとうございます、静さん。」
ヒゲモジャ男の名前を言った。
ヒゲモジャ男は、ちょっと顔をシカメて、
「名前で呼ぶのは止めろ、俺のことは緑町、若しくはミドリンって呼べ!」
ちょっと怒った様に、そういった。
「ようよう、ミドリン!若いヤツを虐めるなよ?なあ、ハジメちゃん?」
静とハジメの間に、割って入った男があった。
「何だよ?ジャッキー。別に苛めちゃいねえよ!」
静は、浅黒い顔の、流暢に日本語を話す、変な外人の名を呼んだ。
「あ、ンジラさん、お久しぶりです!」
ハジメは、その外人をンジラと、呼んだ。
「おいおい、ンジラは止めてくれ、ジャッキーでいいから!」
ジャッキーと呼ばれたその男は、ファミリーネームで呼ばれるのを嫌がった。
「YO、ハジメ!ウエルカム、トゥ、セイウン、ドミトリー!」
「うわぁっ!」
いきなり変な英語で、ハジメを羽交い締めにする者がいた。
「み、三島先輩、お久しぶりです。」
三島と呼ばれたその男は、丸太のような太い腕を、ハジメの首に充てがって、力を入れた。
「グエッ、三島先輩!ギブ!ギブ!」
ハジメは堪らず、三島の太い腕をパンパンと叩いた。
「わっはっは!ラブリーなブラザーミシマの、キュートなフェイスロック!久しぶりだろ?」
三島は構わず、腕に力を込めた。
「ぐぇぇぇ!」
ハジメは、苦鳴を上げたが、三島は容赦なく締め上げる。
「ちょっと!辞めなさいよ!」
その三島の、荒い歓迎を諫めたものがいた。
先程の派手な女性陣の一人で、どうやらリーダー格らしい、ちょっと年上の美人である。
「あ、亜彩子さん、え、いや、此れは…。」
三島がアタフタして、その太い腕をはなした。
「もう、可哀想に…、大丈夫?ハジメちゃん?」
亜彩子と呼ばれたその女性は、ハジメを愛おしそうに、撫で舞わす。
「あ、亜彩子さん、大丈夫ですから!」
ハジメは、慌てて座り直した。
「ハジメェ!食え!」
意気なり、大皿に盛られた料理を、ハジメの目の前に突き付けた、二人の男が立ち上がった。
「おお、尊文、喜文!」
二人の顔を見て、ハジメは破顔した。
「そうか、お前らも同じ会社だったな。」
「そうだよ。お前より3日前に、ここに来たんだ!」
「あら、吉田兄弟も、お知り合いなの?」
亜彩子女史が、ハジメに聞く。
「亜彩子さん、ハジメとは腐れ縁です!」
吉田兄弟と呼ばれた二人が、力強く答えた。
「まあ、大学は違ったけど、山ではしょっちゅう、一緒だったな?」
ハジメが、混ぜッ返す。
「兎に角、食え!」
吉田兄弟が、大皿の料理をハジメに進める。
その大皿には、見覚えのある料理が、並んでいた。
「我が富士錦食品が誇る、売れ筋のラインナップ!タップリと味わってくれ!」
後ろから、緑町がツッコミを入れる。
「いただきます!」
言うが早いか、ハジメは大皿の料理に箸をのばすや、ヒョイヒョイと口に運ぶ。
「旨い!」
ある程度、料理を食べて、ハジメは感嘆の台詞を吐いた。
「特に、此の肉団子が、絶品ですね!」
「お?分かるか?此の春の新商品、広東風肉団子だ!」
緑町が、胸を張る。
粗かた料理を平らげて、野郎共は、大広間にその体を投げ出す。
ひたすら呑んで食って、大騒ぎをした挙げ句、全員が撃沈。宴の手伝いに来ていた、亜彩子がいそいそと後片付けをしていた。
「ああ、亜彩子さん、お疲れ様です。」
後片付けをしている亜彩子の後ろから、緑町が声を掛けた。
「あら、ミドリン?」
亜彩子は、緑町の顔をチラリと見て、やや素っ気なく返事をした。
「亜彩子サーン、ちょっと冷たくない?」
緑町は、不満げに口を尖らす。
「何、イッテんのよ!」
亜彩子は、片付けの手を止めて、緑町に向き合った。
「長い付き合いだから、手伝ってんのよ?それにハジメちゃんが、入って来ると言うから。」
亜彩子は、ちょっと笑みを浮かべていた。
「あっ、やっぱりハジメの事を、想っている?」
緑町は亜彩子の言葉を、混ぜッ返した。
亜彩子はその言葉に、緑町を睨み付けて、
「バカ言いなさんな、ハジメちゃんは従兄弟だし、弟みたいなものだし。」
亜彩子はそう言うと、さっさと洗い物を片して、卓袱台を畳んで、広間を出ていった。
「ちぇっ、空振りか?」
緑町は、綺麗に片付いた広間で、呟いた。
夜が明けて、青雲寮は慌ただしく動き始めた。
全員が、富士錦食品の社員である。この日は、ハジメ達新入社員の初出社であった。
新品のスーツに身を包み、ハジメ達は朝早く青雲寮を出る。
馬子にも衣装といった感じで、それなりの格好で、会社へと向かうハジメ達。
他の社員より、早く会社に着いたのは、緑町の指示であった。
緑町曰く、
「明日は、始業の二時間前に出社して、講堂に集合!我々の手で、新入社員の式典会場の設営を行う。」
緑町の 指示 で、講堂内の会場設営は、テキパキと行われていった。
講堂内の会場設営を、一時間ちょいで仕上げたのだ。
「よし!さぁ、飯にしようか。」
緑町の号令が、講堂内に響いた。
富士錦の社内食堂は、ちょっとしたレストランであった。
「さあみんな、席に着いたか?」
社内食堂の真ん中のテーブルに、四五人の男の達が、着席しいた。
「よし、じゃあオバチャン、朝食をよろしく!」
食堂のスタッフである、賄いのオバチャン達が、用意していた料理をテーブルに並べ出した。
テーブルに並べられたのは、炊きたての白米と、豆腐とネギの味噌汁、香の物と、メインディッシュはアジのフライであった。
「此のアジフライは、昨年の大ヒット商品、香草フライシリーズだ!」
自分の手柄のように、自慢する緑町静であった。
「頂きます!」
テーブルに着いた野郎共が、一斉に茶碗と箸を掴み、朝食に群がった。
テーブルの中央に置かれた大皿に、コンモリと盛られたアジフライが、瞬く間に無くなっていく。
「旨い!」
男鹿 創が、叫んだ。
大きめの茶碗に、山盛りのご飯。其処にアジフライを乗せて、勢いよく掻き込む。余程腹がへっているのか、グビグビと音を立てて、飯を嚥下していく。
端で見ていて、気持ちのよい食いッぷりである。
「ぷあぁぁっ、食ったぁ!」
ハジメの感嘆の声を合図に、ほぼ全員が朝食を完食。
全ての食器が、綺麗に片付けられて、何もない。
「さあ、それじゃあ、始業式に行くぞ!」
緑町の号令が、食堂に響いた。
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