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リホの体が弱いことは知っていた。
彼女の両親が生きていた頃に、たくさんの病院へ通ったが、検査に一つも引っ掛かることなく、医者からはストレス耐性が常人より低いのだろうと結論を出された。
持病でも、難病でもなく、ただただ自分の弱さが原因で体調を崩すリホ。
寂しがり屋で人恋しくて、無理をして会社の行事や飲み会に顔を出し、すぐに具合を悪くした。
そこでいつもお鉢がまわるのが、年齢が近い同性の和美であり、ぐったりとしたリホを介抱をして、説得して、家に帰す――まるで聞き分けの悪い我が子をあやすように、なだめるように、うんざりするほどの行程を繰り返した。
明人も明人で、結婚して束縛が増したリホに、辟易している部分も垣間見えた。
リホを一人で家に帰した時の、明らかにほっとした彼の顔に、和美はなんとも言えない優越感を感じ、その後の二次会で、饒舌にはじけて開放的になる、明人の姿に胸を痛めて同情した。
明人は新卒で入った和美の教育係であり、不意の生理で動けなくなった和美を助けたことをきっかけに、彼へ好感を抱くようになった。思い返せば、明人のきめ細やかな配慮と体調不良を察する能力の高さは、リホと育ったことで培われた能力だったのだろう。
酒の力で冗舌に話す明人は、自らの半生をこう振り返る。
親同士が親友であり、物心がついたときから兄妹のように育ち、両家に祝福されて結婚した。
けれども結婚を境に、リホの体調がさらに不安定になって、正直、持て余している。誰かに頼りたくても、リホの両親も自分の両親も立て続けに亡くなってしまい、親戚は遠いから頼る人間もいない。と。
この場にいた和美たちは、心底、明人に同情した。
親同士に悪意がないとはいえ、彼は初めから逃げ場がなかったのだ。
みなが明人に対して優しい言葉をかける中、ただ一人だけ異を唱える人間がいた。
「あの、みなさんはどうしてそこまで、他人の事情に深入りするのですか? 結局、当人同士の問題なんですよ。無責任すぎませんか?」
盛り上がる場の空気を壊したのは、渋面を作り日本酒を傾けている女性――派遣で入ってきた江西桜は、固い声で和美たちを批難する。
「奥さん身体が弱いのに、しかもこんな時間に一人で帰すなんて、とてもひどいと思いませんか? 途中で倒れているかもしれないんですよ。せめて、タクシーを用意してあげるべきではありませんか」
「桜ちゃん、考えすぎだよ~。理穂ちゃんだって良い大人なんだから、自衛しているって~」
「……すいません。今なら間に合うと思うので、タクシー拾ってきます」
「おいおい、善意で経費は落ちないぞ~。今までだって、大丈夫だったんだからさぁ~」
アハハハハハハ……。
今思えば、江西も正しいことを言っていたのだ。
そしてそれとなく、明人に注意を促していた。
「仕事以外に、あなたにしか出来ないことがあります。奥さんを家にずっと閉じ込めていないで、一緒に世界を広げてあげてください。病は気からと申します。仕事が忙しいと言い訳しないで、彼女と向き合ってあげてください」
彼女は予期していたのだろう。
リホの悲劇的な最後と、嘆き悲しむ明人の姿を。
そして、行き場を失った和美を。
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