縁(えにし)

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 商業施設にある占いコーナー。  そこに江西桜(えにしさくら)がいることを、関谷和美(せきやかずみ)は知っている。  地下のレストランスペースにあるエスカレーターの脇あたり、ベンチが置かれてある休憩スペースの一角に、クリーム色のパーテーションで仕切り、最低でも四人がテーブルを挟んで向かいあえる確保されたスペース――そこで彼女が待っている。  このまま駆け降りたい気持を抑え、和美は下りのエスカレーターから占いコーナーを覗きこむと、江西らしき頭上とテーブルに置かれた大きな水晶球が見えた。  いかにも占い師が使いそうな大きな水晶に、いやな予感を覚えて後悔する。江西が着ている深紅の衣装も、なんだかうさん臭く見えて、和美は自らの恥をさらすことに抵抗を覚えた。 『袖振(そでふ)り合うも多生の縁(たじょうのえん)と申します。もし、お困りのごろがありましたら、こちらにいらしてください』  繁忙期が終わって派遣の契約期限が切れた時、江西はそう言って和美たちに名刺を配り、今まで働いていた部署に別れを告げた。  正直、彼女がいなくなって、みなホッとしたことだろう。  占い師をやっていたことが名刺で判明し、だからいつも説教じみた物言いをしていたのかと妙に納得してしまった。   『だめです、この人はやめてください。関谷(せきや)さんは、既婚者なんですよ』  和美もよく、彼女に絡まれて説教されていた一人だ。自分と同じぐらいの年齢なのに、理想論者で空気を読めず、それでいて、言っていることが正しいのだから始末に負えない。  江西に悩みを打ち明け、占いという名の人生相談をすることは、正論の往復ビンタに見舞われることを意味していた。  考えるだけで気持ちが滅入ってくるが、一人で抱え込むには限界があり、自分たちに最後まで()を唱えていた彼女だからこそ、すべてを吐き出して断罪されたい気持があった。  エスカレーターを下りて、占いコーナーに近づく和美は緊張と羞恥で全身が熱くなる。誰にも見られたくなくて、有休をとり、平日人の少ない時間帯に占いの予約をした。それでも安心できず、人の目が気になるのは罪悪感のせいだろうか。すれ違っただけの他人であっても、占いコーナーに入る姿を見られたくない。  薄いレースのカーテンが掛けられている、入り口らしき隙間の前に立ち、和美はカーテンの向こうにいるであろう江西に声をかける。 「【(えにし)ジュリエッタ】さん、こんにちは。今日の××時に予約した、関谷和美です」  恥をかかないように、何度も頭の中で繰り返してきた挨拶の言葉は、やや気弱な響きで外に出た。 「どうぞ、お待ちしておりました。このままお入りください」  対して、江西こと縁ジュリエッタは、落ち着いた口調で和美を占いコーナーの中へ促し、貧相なパイプイスに座らせる。 「ご予約されたコースは、1時間コースの総合運占いでよろしいのですね?」  そう言って確認する彼女の姿は、赤いレースの異国の装束と、頭には金冠(きんかん)のティアラ、腰まで届く黒髪はゆるくひとまとめに結い上げられ、顔半分を衣装と同色のベールで覆い、黒のアイラインで強調した猫のような瞳が、神秘的な眼差しを和美に投げかける。  まるで和美の浅ましさを見透かすような双眸に、堪えていたものが溢れ出すのを感じた。 「……死んじゃった」  和美の絞り出すような小さな声を、江西は敏感に反応(キャッチ)する。 「どなたが?」  問い返された和美は、今までため込んだものを吐き出すように言う。 「リホさんが、死んだの。わたしの、せいでっ……」  どっと溢れた涙が頬を伝った。江西が花柄のハンカチを差し出して和美に手渡すと、和美はそのまま涙をぬぐい盛大に鼻をかむ。  ぐじゅぐじゅと血を吐くように負の感情と体液を垂れ流すと、気持ちが大分落ち着いた。 「ありがとうございます。ハンカチは必ず、洗濯して返しますので」 「はい、お待ちしております。……ご気分は?」  和美が無言で頷くと、江西は水晶球に両手ひらをかざした。 「では、話をお聞かせください」
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