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0506 人質交換
「一番危険な場所は一番安全な場所。堂々と指につけたものは盗んだばかりのもの、誰も想像できないでしょう」
「……本当か?!」
私を信じきれないケンは姫様に問いかけた。
藍の話によると、青石は何年前からサン・サイド島に保管されていた。青石云々と言ったけど、ケンは本物を見たことのない可能性が高い。
それに、姫様がそれを持ち歩いているという確信もないはず。
途方に暮れて、勢いで海賊を脅かそうとしただけだ。
こんな時に本物っぽいものを見せれば、必ず動揺する。
「……」
姫様は唇を噤んで無返事。
ケンは更に戸惑った。
「姫様は優しいお方、この前にも大変お世話になったの。恩人が苦しんでいる姿を見たくない。海賊たちの用意を待っている間、姫様の代わりに私が人質になってあげる。この青石と一緒にね」
「! モ、モンドさん……!」
姫様は驚きの声を上げた。
「何が迷っているの? 姫様を人質にしても、いざとなった時に本当に手を出せるの? 無条件であなたを信じ、あなたを庇った姫様を道ずれにするようなことをしたら、あなたの卑怯さは、あなたが憎んでいる奴ら以上だよ」
「……」
ケンは沈黙した。
腕の力が少し緩んだようだ。
姫様への感謝と罪悪感がまだあるのでしょう。
けど、彼の罪を咎めた私なら、躊躇いなく利用できるはず。
彼の決断を催促するために、ゆっくりと前に進む。
「さあ、姫様を放して、私を掴むがいい。どっちが有利なのか、あなたも知っているでしょ」
捕まれやすいように、両腕も伸ばした。
!
足音!?
幾つかの人影は、甲板の向こうから走ってくる!
!!
突然に現れた人たちに注意力を取られた瞬間、ケンは姫様を突き飛ばし、私の両腕を掴んだ。
「嘘でも、とにかくもらおう!」
ケンは指輪を抜こうとするが、私は拳を握り潰し、させなかった。
強奪は失敗、予想もしなった人たちも現れ、ケンは慌てて私を盾にして防御の姿勢を取った。
「これは一体……?!」
駆けつけたのは六人。
副船長、体格のいい船員が三人、自称なにかの探偵の少年、そして、ブリストン子爵の末子。全員の手に剣か銃の武器を握っている。
「見てわかりませんか。その人は人質と秘宝を交渉条件に、奴隷たちの自由と脱走用のものを強要しています」
ウィルフリードが涼しい顔で語った説明を聞いけど、六人の中で、五人は状況を呑み込めなったように、疑問顔のまま。
一人だけ、目がキラっと光った。
「やはり犯罪者だな……」
探偵の少年は歯を噛み締め、悔しさと憤慨を込めた言葉を発した。
「最初からお前の正体を見破ったんだ。さっさと観念しろ! 海賊たちはすでに制圧された! 救命ボートも食料も俺たちが確保した! これ以上悪行を重ねたら天に代わって成敗するぞ!」
「このガキ! なんの戯言を!」
カンナは少年の胸倉を掴んだ。
「戯言じゃない。現実だ! 武器さえあれば俺様は無敵だ! 海賊如きが何匹いようとも話にならない! 全員を助けるのもちょろいことだぜ! なあー!」
賛成を求めるようと少年はアルビンに視線を向けたけど、残念なこと、相手の視線は私のほうに向けていて、少年には無返事。
「全員を助けるって? どこの夢話だ!」
「夢のないエリザコ海賊! よく聞け、俺様はフランディール帝国皇帝陛下に直属する特別秘密探偵の……」
ああ、さっきより面倒なことになった……
ケンと海賊は敵同士。海賊と客船の人は敵同士。ここにいる全員とケンは敵同士。
誰を先にやっつければいいのか誰も分からなくなる……
まさにカオス状態だ。
!
不意に、割れたような痛みが頭の中を走った。
嘘でしょ、こんな時に、魔女の呪いが……!?
「姉貴! 大変だ!」
「捕虜たちが……!」
「ひぃええ! こっ、ここにいたんだ!」
ボロボロになった数人の海賊が慌てて駆けつけて、遅れの情報を持ってきた。
「黙れ! 捕虜なんかに構う暇などない!」
カンナの一喝に雑魚たちはヒヒッと背中を伸ばした。
今となって、さすが海賊姉貴の神経も切れる。
状況はますます混乱になっている。
絶好な脱出チャンスなのに、頭を襲う痛みのせいで全身の力が散らして、集中できない……
「皆さん、もうやめてください!」
姫様は爆発直前の探偵少年とカンナの間に入って、渾身の力を絞って二人を押し分けた。
「モンドさん、モンドさんはわたくしのために人質に……お願いします! 彼女を助けてください!」
「なんだと?!」
一番乗りで姫様の話に反応したのは、少年ではなく、アルビンだった。
その話に、子爵末っ子は血相が変わった。
「あいつは、貴女のために……? 馬鹿な……」
その顔を見て、苦笑したい気分だ。
そんなに不思議なの?
「本当です! モンドさんは、自らわたくしと入れ替わって、人質になったのです……」
姫様の気持ちに申し訳ないけど、人質になったのは人助けのためではない。
「……」
数秒の沈黙が経ったら、アルビンはまた私とケンに向けた。
「お前、一体……なにをしたいんだ! このバカ!!」
突然の怒鳴りに、後ろのケンまで驚いて、膝がガクと小さく揺れた。
「……また何かご機嫌を損なうことをしましたか? それは申し訳ないですね」
頭痛を我慢しながら、皮肉のつもりで愛想のない微笑を作り上げた。
「あの時も、同じだったのか?! 同じだろう! 教えろ! 本当のことを教えろ!」
いろんな意味で頭痛が激しくなった。
手を使えたら、この馬鹿なお坊ちゃまに一発を食わせてやりたい。
空気を読め! 過去の真実なんかを究明する場合じゃないだろ!
「どうやら、いろいろな事情があるようです……いいえ、ありすぎますね」
「藍!」
いつの間にか、藍は姫様の後ろに現れた。
遅いわ……いままで何をしてたの?
「お嬢様、ご無事ですね。お傍から離れてしまって申し訳ありません。あの船長の状況はちょっと手ごわいですので……」
「モンドさん、モンドさんはわたくしのために、人質になったのです! お願い、彼女を助けて!」
「なるほど、姫様のために、そのようなことを……」
姫様から話を伺った藍は、目線を私に移した。
泣きそうな姫様と全く違い、波紋一つもない静かな眼差しだ。
「この状況を片付けないと、終わるべきことも終わらないでしょう」
そう言いながら藍は前に出た。
「なんのつもりだ!!?」
警戒したケンは私の頸と腕を更に強く締めた。
両手は彼の太ももに当てられている。
「あの船長さんに青石の逸話を聞かせたのはあなたですね」
「それはどうした?!」
「だっとしたら、あなたも知っているはずです。青石は幸運を呼ぶものではなく、数々の不幸を持ち主に運ぶ忌まわしい存在です。そのような物ですから、どうぞお好きのように処理してください」
「!?」
その発言はあまりにも意外だったのか、一瞬、私の腕を縛る力が緩んだ。
ほぼ同時に、頭の痛みが消えて、体の感触が戻ってくる。
「な、なにをふざけたことを! 青石も、この女も、どうなってもいいのか!」
ケンは取り乱している。
チャンスだ。
右手の親指で、こっそりと人差し指につけた指輪の蓋を弾けた。
「さっさと言ったものを用意しろ! でないとこの女と青石は……」
ケンは私の方腕を上げようとする瞬間、指輪に隠された小さな刃で思いきり彼の太ももを切った。
「グァァーー!!」
悲鳴とともにケンの体勢が崩れ、私は束縛から解放された。
躊躇いなく、垣立の向こう側に身を引き、ケンから離れる。
指輪が描いた軌跡から、数点の赤い血滴が飛ばされ、火の光の中で煌めいた。
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