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0601 一瞬の光
***
淡い青色に染められた空は水面と手を繋げ、目の前の景色を優しく包む。
白雲は海風の吐息に乗り、静かに流れていく。
太陽の光は海面から昇り、大地を明るい世界へと導く。
まるで金色の帳に包まれた朝だ。
遠いところからこの国に訪れた何人の画家は同じことを言った:ここは、世界一番美しい光がある。
朝の忙しさに身を投げた人々たちを避けて、港の片隅にある灰色の石階段で足を止めた。
海に向かって深呼吸をした。
一晩中の混乱と危機はまるで夢のようだ。
「あら、不運なお嬢さんじゃないの!」
後ろから、聞き覚えがある女の声が耳に入った。
「やっぱりね!」
「あなたは……」
振り向いたら、鮮やかな異民族の服装を身にまとう若い女がいた。
一瞬戸惑ったけど、すぐその顔を思い出した。
「あの夜の……」
「シー」
女はウィンクをしながら人差し指を唇に当てて、言わないで~の合図をした。
「旅の占い師です~ほら、この間も占い以外のことはしなかったでしょ」
「前」というのは、サン・サイド島に向かう途中、エリザ王国の土地でのこと。
夜盗のような黒い服を身に纏う彼女に「取引」の相手に勘違いされて、妙な占いを受けされた。
「そうですね。あなたの占いは、当たりましたよ」
「でしょでしょ! 旅をやめた方がいいってアドバイスしたのに、こんな遠くまで来るなんて、お嬢さんも大した頑固さんだね」
女は朗らかに笑った。
「あっ、でも、全然いいことがないわけじゃないよ」
そう言いながら、女は腰に掛けたポケットから何かを取り出した。
「はい、お忘れ物」
「!」
一度失くした「金色の光」は私の掌に乗せられた。金色の百合の花のペンダント、完全無欠。
「結構高いもんでしょ? もう失くしたらだめだよ」
「……ありがとう」
目線がペンダントに止まったまま、ぼうっとしていた。
これが何日前に失くしたものだったら、今頸にかけているのは何でしょう。
「そういえば、お嬢さんはもの探しのためにあの災難の旅に出たのね、どう、見つけた?」
「見つけました。あなたの言った通り、私が探しているものではなく、『他人のもの』です」
海の水平線を眺めながら苦笑した。
「そうか、やっぱりね……」
女はため息をした。
「今回ばかり、お嬢さんの悪運に免じて、外れてもいいと思ったのに」
「そこまで悪いのですか? 私の運勢」
明らかに同情されていた。
「ええ、あたしもぞっとするほどね。冷たくて暗い。光は手の届くところにあるように見えるけど、這い上がっても這い上がっても、周りは黒闇ばかり。まるで深い地獄の底に落ちていて、世界に拒まれたように、運命の『出口』が全然見つからない……」
世界に拒まれたように、出口がない……
「まあいい、暗い話をやめましょう」
女は真剣で暗そうな表情一掃し、話題を逸らした。
「そういえば、あのペンダントはいかにも高級品な感じ。もしかしたら、大切な彼からもらったものなの?」
「違います!」
反射的に強い口調で否定した。
「あっ、そうか、そうなんだ。分かったわ。怖い顔しないでくださいよ……お嬢さんはそのペンダントを見る目はちょっと違うような気がするから、つい……」
女の引いている表情を見て、自分は反応過剰だと気付いた。
「……大切な人かどうかわからない」
その人は私にとってどんな意味なのか、考えたこともない。
朧な記憶を辿っても、断片的な記憶しか浮かび上がらない。
「もう一度会いたい、一言を伝えたい、それだけかも知れません」
「それだけでもいいんじゃない。もう十分大切と思うよ。人生には光が必要なんだ。特に、お嬢さんのような闇の星の下で生まれた人間にとってね」
運命を司る神は反抗を許さない。
闇の星の下で生まれた以上、光を追うなどは愚かな行為。
答えを追い続け、力を尽くし、道辺に倒れ、なにも掴めないままで一生を終えるより、
闇に甘んじて、安らぎの眠りと甘い夢に溺れることこそ幸せの形、という考え方もあるのでしょう。
「でもね、一つ、言い残したことがあるわ」
私の次の言葉を待たず、女は続けた。
「あの時、お嬢さんはあっさりと立ち去ったから言いそびれたの」
「言い残したこと?」
下手な励みなら、言わなくても結構よ。
同情されているのがもう分かったから。
「暗闇を歩み続け、光のあるところに辿り着けないかもしれない、そんなあなたに残された唯一の道ーー」
「お嬢様!」
誰かの呼ぶ声が女の話を遮った。
不思議に、名指しないのに、それの声が私へのものだと分かる。
その不思議な感覚に引かれて、声の方向に振り向いた――
***
飛ばされた血滴は松明の光の陰に溶けた。
「グァァ——!!」
思いもしなった攻撃を受けて、ケンは苦しい悲鳴をあげた。
けど、その一撃だけで彼の動きを止められなかった。
その力強い手は私の左腕の袖をきつく掴んだ。
その時、誰かがバランスを失った私を受け止めた。
銀色の光が一閃し、ケンに掴まれた私の袖の一部を切り離した。
ケンのでかい体は反動で垣立にぶつかり、上半身は船の外に傾いた。
ほぼ同時に、藍はケンの方に走った。
急いで振り返って、目に入ったのは、ケンの体が傾ける天秤のように海に落ちていくところだった。
!
私を受け止めた人の手からまたひとつの銀色の光――白い刃が飛ばされた。
垣立にかけている浮輪の太い縄が切られて、浮輪はケンと一緒に海に落ちた。
「ウィル、フリード……」
頭を上げて、あの人に意外な目線を送った。
「言ったでしょ。少しお仕置きをあたえるだけです」
もうとっくに見慣れた淡い微笑みはウィルフリードの顔に浮かんだ。
「まあ、運がよければ、助けられる可能性もゼロではないでしょう」
一方、藍は姫様の前に戻って深く頭を下げた。
「申し訳ございません、お嬢様。考える余裕はありませんでした。危険な人物からお嬢様を守らなければなりません」
「……ええ、分かっています」
姫様は唇を噤んで、涙を堪えて頷いた。
「彼にとって、ほかの道はないです……今の私は、まだ、何もできません……」
最後の最後まで、姫様はあの男を救えなかった。
姫様の願いより、あの男の意志のほうが強かった。
美しい姫様の救いの手を掴むより、あの男は呪いと罪を重ね、すべてを賭けて、自分自身で仲間を救う道を選んだ。
結局その賭けに負けたけど…そのような決意を持つ人にとって、救いなどは要らないかも知れない。
「モンドさん、大丈夫ですか……?」
ケンに短い祈りを捧げてから、姫様は私に寄ってきた。
「わたくしのために……本当に、感謝の言葉もございません」
「いいえ、それは……」
本当の目的は姫様を助けるためではなかった。
それに、ケンを追い詰めることに、私も多少責任がある……
「お怪我はありませんか……」
姫様に言われて、はじめて気づいた。
左腕の破られた袖の下から、赤い爪先の跡が残っている。
「大丈夫」
早速ハンカチを出して、晒された左腕に巻いた。
「手当をさせてください」
「かすり傷です。お手を煩わせるようなことではありません」
姫様の好意を断って、視線の方向を変えた。
今は手当などをする場合ではない。
まだ終わっていない……
「厄介ものは一つ消えたのね。次は、貴様らの番だ」
カンナの言葉は新たな戦争の始まりを告げた。
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