0602 脱走中の余興

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0602 脱走中の余興

「共同の敵」が消えた時点で、海賊たちと脱走の捕虜たちの対峙が始まった。 一部の海賊は客船に配置されたとはいえ、人数上、海賊の方は圧倒的に有利だ。 そもそも、脱走が成功したのに、アルビンたちはどうしてここに来るの?  「そろそろ時間です」 ウィルフリードは懐から懐中時計を出して、一目をした。 「騒がしかったけど、ちゃんと時間稼ぎができました」 彼の目線は海面に移した。 ……火の光……斜め後ろの海面に数点の光が近づいてくる! ケンの騒ぎに気を取られて、誰もほかの船の接近に気付かなかった。恐らく、ウィルフリード以外に。 光の明るさから見れば、もう相当近くまで来ている。 ウィルフリードの信号に呼ばれてきたのか?  まさか、あれは…… 「あれはなんだ!」 ほかの人も意外な展開に目を向けた。 「姉貴! ローランドの警備船だ!! 3艘もあるんだ!!」 海賊の叫びは私の予感を証明した。 「このままだと囲まれるぞ!」 「ちっ、いつの間に――あの奴隷めに気を取られて……」 カンナは地団太を踏んで、早速命令を出した。   「全力で進め! 野郎ども、全員動け!」 警告の鐘は大きく鳴る。 「もう遅い! お前らは袋の鼠だ! もう逃げ道はない! おとなしく降伏しろ!」 「畜生、黙れ!」 「ガァッ!」 勝利宣言をした少年はカンナの不意打ちを食らえて、床に倒れた。 何人の海賊はその機に乗り、武器を持つ乗客たちに襲いかかった。 その争いと同時に、発砲の轟音も響いた。 警備船は容赦なく、海賊船に向かって連続発砲した。 今夜二回目、海は荒らされた。 波にひどく揺らされている海賊船は、ここにいる全員のバランス感を試している。 「このままじゃ俺たちも巻き込まれる!」 副船長は彼に襲いかかった海賊を殴り倒し、仲間の手助けをしながら大声で叫んだ。 「海賊たちに構うな! 救命ボートのところに戻ろ!」 「しかし、砲火のなかで、あんな小さなボートで客船に戻れるのか…いいえ、戻ったとしても、巻き込まれる可能性は……」 「グズグズするな! 海の男なら勇気を持って海にその身を託そう!」 「こちらです、お嬢様」 他の人が戸惑う間に、藍はさっそく姫様の手を引いて、船尾の方向へ走り出した。 「に、逃げたぞ!」 「いい!」 カンナは追おうとする下っ端海賊を止めた。 「放っとけ! 反撃の準備をしろ! 警備船のほうは先だ!」 カンナの判断は正しい。 捕虜を捕まえて人質として警備隊に交渉しようとも、今の状況で、武器を持つ捕虜たちを確保するのは容易ではない。 逆に足を引っ張られ、警備船から逃げるチャンスを失ったら大損になる。 海賊の邪魔がなくなり、脱走の成功率も上がった。 でも、ウィルフリードはまだ垣立の前に佇んで、傍若無人のように海面を眺めている。 「行こう!」 いきなり腕が掴まれた。 「アルビン……待って!」 「ぼうっとするんじゃない、このバカ!!」 アルビンに引っ張れて、強引的に走り出された。 警備船を呼んだのはウィルフリード。きっと何か裏がある。 彼が離れない理由に気になるが、今はそれを究明する場合ではないようだ…… 「皆様、落ち着いてください、必ず脱出できる!」 船尾に着くと、副船長は指示を出して、船員たちは早速救命ボートの支度を始める。 攫われた乗客と船員はすでに集まっている。 警備船の攻撃で、船体は時々激しく揺れる。 加速し続ける海賊船と不安定な甲板は準備のハードルを高めた。 それに加えて、周りに倒された海賊や、走り回っている海賊がいる。 人々の不安を更に煽る。 幸い、海賊たちはカンナの命令に従い、救命ボートを「盗用」する乗客たちに手を出さず、警備船から逃げ出すことに専念している。 「みんな、心配はいらない! 海賊たちはもう俺たちを止める余力がない! 冷静に対処すれば、必ず脱出できる!」 人群れの真ん中で宣言する探偵少年に、通りかかる海賊たちは凶悪な目線投げた。 「ゲッ! 何を見ている?! まだ失敗を認めたくないのか!」 ドン! 「あっ!」 少年は海賊に威張る途中、どこから重そうな砂袋が飛んできて、彼の頭に命中した。 海賊にして手柔らかな攻撃と思う。 海賊船の後ろについている客船も砲火に巻き込まれた。 船体は不安定になっているが、メイン目標にされていないようだ。 それもウィルフリードの信号のおかげなの…… 「なにか心掛りでもありますか?」 不意に藍に声をかけられた。 振り向いたら、彼と姫様はもう私の前に来た。 「先ほど、うちのお嬢様を助けていただいて、誠に感謝いたします」 「本当に、モンドさんがいなければ、わたくしは……」 「気にしないでください。私はこの通り無事です。お嬢様のほうこそ、これからもお気を付けください。奴らはまた青石に手を出すかもしれません」 「ええ……」 姫様は手を胸元に握って、困りそうに目を伏せた。 「おい、お前」 姫様が沈黙すると、アルビンは会話に割り込んだ。 この人、普段は礼儀正しいほうと思うけど、なぜか私だけに乱暴な態度を取る。 まあ、無理もないことか…… 「そろそろ教えてもらおう」 「何を?」 「とぼけるな、お前は言っただろう。知っていることを全部話すと」 知らないふりをしたら、アルビンは焦てきた。 「その指輪はなんだ。中に何が入っている?!ずっと使っているのか?!」 「言ったのはこうでしょ――ここから逃げ出したら、なんでも答えてあげる――今はまだ海賊船にいますよ」 「ッ……」 私の食えない態度に怒ったのか、アルビンの眉の間に深いシワができて、サーと私の右腕を掴んだ。 「今すぐ……教えろう!」 「止めてください!」 姫様は慌てて私たちの間に入ろうとしたけど、微笑んでいる藍に止られた。 「大丈夫です。ブリストン様はモンドお嬢様を傷つくようなことをしませんよ」 「……どういうことですか?」 姫様は困惑そうな顔で聞き返した。 その話題に乗る気はないので、早速別の話題を…… 「お嬢様、こんな時、申し上げにくいですが、ちょっと頼みたいことがあります。話を聞いていただけませんか。できれば、二人で……」 「その前に、うちのお嬢様の質問を答えさせてください」 藍は私の話を断ち切って、姫様に向けた。 「一つ、昔話、いいえ、物語を語ってあげましょう」 よくない予感で心臓がドクンとした。 姫様を探す途中、情報交換として、アルビンとの因縁を藍に話した。 まさか、ここで明かすつもりなの? 秘密を守るという条件を出さなかったのは失策だった。 藍は真実を暴く「いい人」になるつもりかもしれないが、アルビンとこれ以上関わったら、私にとって面倒なことにしかならない…… 「『例の物語』だったら、場所と聞き手を選んでください。どうしても話すというなら、姫様だけに……」 !! 話がまだ終わっていないのに、激し痛みがまた襲いかかった。ケンに掴まれた時と同じ、頭が裂けるような痛み…… 「モンドさん!」 一早く気づいた姫様は倒れそうな私を支えてくれた。 「具合が悪いですか? すぐ治してあげます……」 姫様は手を私の額に当てて、神聖な白い光を放した。 それでも、痛みが止まらなかった。 天使の聖跡も、この呪いを解けないの……? 「ブリストン様、手を放してください! モンドさんは苦しんでいます!」 「あっ、あ、はい……」 姫様に叱られたら、アルビンはようやく我に返して、私の腕を放した。 一方、泉のような静かな声は周りの噪音を掻き分けて、物語を語り始めた。
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