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0102 王子様と悪党の距離
「死んでるだと?!」
それを聞くと、少年は甲板に繋がる扉へダッシュした。
「みんな、落ち着け! これもまた罠に違いない!」
「お客様……?」
ちょうど一人の船員が扉から入ってきて、少年に疑問の目線を投げた。
「よく聞け、俺様の名は……」
「チケットを拝見させていただけますか」
差し出されたチケットに一目をして、船員の顔も一変した。
「ここは、一等船室のお客様とディナーチケットをご購入いただいたお客様のみご利用できるホールです。場所を間違えたのではありませんか?」
「一等だと知ってるさ! 俺の調査になんの支障もない、いや、むしろここでこそ犯人の手掛かりを見つけられるんだ。そのような犯罪者はな、上流階級に紛れ込むのが大得意なんだから……おい、お前ら、何をする?!」
いつの間にか入ってきた数人の大男は滔々と語っている少年を扉の外に連れ出した。
「おい、俺様は誰だと思って……は、放せ!……ゲッ!」
扉の向こうから殴られた悲鳴が伝わってきた。
「災難ですね」
レモンジュースの最後の一口を飲んだら、ティッシュで口元を拭いた。
出航してからただ数時間、面倒なことが相次ぎに登場している。
悪天気、犯罪者、殺人……まるで呪われたようだ。
さてと、これからはどうすればいいのかーー
「皆様、どうか落ち着いてください。ただいま、状況を確認しております……」
少なくとも、顔色の悪い船員の無力な説明を聞く場合ではない。
「あの、すみません。ちょっと気分が悪くて、外に行きたいんです……」
胃のところに手を当てたまま、扉の前に立ちふさがる船員に頼んでみた。
「確認のために甲板が封鎖されています。もう少し我慢していただけないでしょうか?」
「でも、本当に苦しいです……」
わざと声を弱々しくして、迫真な演技を披露する。
「それは、困りますが……」
「皆様にお見苦しい姿を見せたくないです。どうかお分かりになってください……」
「も、申し訳ありません! 案内しますから、少々お待ちを……」
倒れそうな私を目の前にして、混乱になった船員は慌てて扉を開けようとノブに手をかけた。
よし、このまま――
「この嘘つき女を信じるな、奴らの共犯かもしれない」
いきなり、冷たい液体は頭の上に降りかかった。
ほぼ同時に、獣の牙に引き裂かれたような痛みが右肩を走った。
痛みに耐えられず体勢が崩れ、床に倒れたけど、このような時の対処に慣れている。
なんとか上半身を支え切れた。
「な、なにを……」
若い船員は言葉に詰まった。
「助けてやったのさ。見ろよ、気絶なんかしていないだろう。顔色も先よりよくなったんじゃない」
冷たい挨拶をくれた人は、エリザ王国ブリストン子爵家の末っ子、茶色の髪とやや痩せた体を持つ青年。その深緑の目から挑発的な視線を送られた。
「ええ、仰る通りです。頭がすっきりしました」
その挑発に乗らず、淡い微笑みで返事をした。
ブリストンは眉間に皺を寄せて、私をじっと睨んでくる。
「いくらなんでも、これは淑女に対する礼儀ではないでしょう。ブリストン様」
さっそく、物好きな人たちはこちらに向かってきた。
最初に声をあげたのは、とある金髪碧眼の青年。
齢は約二十代半ばくらい、ブリストンより幾つ年上。
すらっとした体に、華麗な刺繍の入れたアイボリーの長いコートがまとっている。加筆に加筆を重ねて描かれた肖像画に連想させる整った顔に爽やかな微笑み。
気質も上品の中の上品――簡単というと、必ず美味しいところを占めて登場する白馬の王子様のような人物。
その「王子様」は私に手を差し伸べた。
もう一つの方向から、一人の美しいお嬢様は心配しそうな眼差しで私を見ている。
あの優しい目と同じ色のペールアクアのドレスは、ご主人様の清らかな気質をさらに引き立ている。
朝の陽射に染められたような長い髪は白い頸元に流れていて、それ以上の装飾品はもう見つからない。この世に存在しないと思わせる美しい人だ。
言葉で語りきれない美貌を除いて、彼女の身分もまた一つの話題ーースパンニア帝国の名門、広い領地を治めるカルロス公爵家のご令嬢。お嬢様ではなく、姫様と呼ぶべきでしょう。
去年の冬からスパンニア帝国とローランド共和国が開戦した。姫様はなぜ普通の客船で敵国の土地に向うのか――観客たちの想像力を飛ばせる。
この二人を見ると、ずっと抱いている疑問が浮かび上がった。
こんな時に現れた人が美形である確率が高いのは一体どういう理屈でしょう……
「ブリストン様、うちのお嬢様の顔に免じて、今日はここまでにしていただけませんか」
姫様の代わりに交渉に出たのは、付き添いの黒い衣装の青年。姫様ほどではないが、彼の「顔」も十分注目されているはず。
「お前……? へぇ、こいつは面白い。田舎の東から連れてきた新しいペットか?」
ブリストンは不機嫌に青年の顔を観察する。
黒髪に黒い瞳、「東方人」の外見を持つ青年。柔らかい顔の輪郭線の中に、細工のよい五官が嵌められている。周りの紳士たちと比べれば体が繊細のほうだけど、さすが私やお姫様よりたくましい。
「立てられますか、お嬢様」
「ええ、大丈夫です」
金髪の青年が差し伸べた手を握って、床から立ち上がった。
その白い手袋から淡い百合の花の香りがした。
「ブリストン様、先のお言葉をお取り消しください」
何かに刺されたように、姫様は眉を小さく動いて、一歩を進んだ。
「いいです。お嬢様」
東方人の青年は姫様を止めた。
「ですが、藍は……」
人を怒らせることが得意の子爵末っ子の話で、トラブルは見事にあちらに移転された。
「つまらない茶番劇を何時まで見るつもり? もっと大事なことがあるのでは?」
?!
耳元で意外な言葉が囁かれた。
「しばらく休んでくさいね」
その瞬間、麻痺が全身を走た。
感覚を失った両足は再び倒れていく。
「危ない!」
金髪青年は私を受け止めた。
この麻痺感は、いつもの「あれ」と違う。一体……
!
まさか、彼の手袋についている香りが……?!
「申し訳ありませんが、こちらのお嬢様のために『封鎖』を破らなければならないようです」
私を支えながら、「奴」は微笑んで船員に話をかけた。
白馬の王子様と綺麗な皮を被る悪党の距離はほんの数秒だった。
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