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0605 呪われたものの行方
その時、陽射しのような金色の光は私の視野に入った。
チャラン! チャラン!
金属がぶつかったような音が二回響いた。
次の瞬間、刃の網は煙のように散った。
「ウィル……フリード……」
棒読みで、突如に私の前に現れた人の名前を呟いた。
いつからここにいたの?
「まだいるのか、好奇心は猫を殺しますよ、頑固なお嬢さん」
ウィルフリードは一度振り向いて苦笑を見せてから、すぐにロードの方に向けた。
ロードの足元、そして少し離れた床に、二枚の細工のいいナイフが落ちている。
ほんの少しか見えなかったが、先の一瞬、黒い網の真ん中とロードの正面に、金色の光が差し込んだようだ。
あの二つのナイフの光だったのか。
「どうやら、普通の武器は効かないのようですね」
ため息をするようにウィルフリードは鼻で笑った。
「美人と秘宝、二つも揃えば素敵な旅になると思ったけど、美人は逃げて、秘宝のせいで悪魔が蘇ました。両方も諦めた方が良さそうですね」
「それは正しい判断と思います」
藍は私の隣にきて、ウィルフリードの話に続けた。
「奴は海賊たちの命を喰らって、だんだん行動できるようになりました。わたしたちも餌にする気でしょう」
「貴様、知っているのか……? ケンの野郎、ロードにしたことは……」
傷だらけのカンナはやっと再び声を出した。
ロードが求めている青石について、私もウィルフリードもカンナも噂しか知らないが、藍は違う……
「わたしが知っている伝説が、ケンさんの話とちょっと違います」
案の定、藍はカンナの質問に答えられる。
「かつて、ある男は青石と契約して、永遠不滅な力を手に入れました。しかし、その力は人間の体が耐えられるものではありません。男は力に蝕まれて命を失って、永遠不滅な力だけがこの世に残っていました。おそらく、その力は男の執念に駆使されて、宿主を探していたのでしょう。そして、ケンさんはその力と執念をロードに宿させました」
「あの……野郎……」
「ボ、ボスはどうした?!」
いつの間に、二人の下端海賊は部屋に入った。
「奴らは……姉貴!」
船長室の状況を見たら、二人はお驚きで取り乱した。
「邪魔…するな――!」
ロードの体から再び風の刃が飛ばされて、二人の海賊に襲いかかった。
「避けてっ!」
「アアァーー!!」
警告の声が終わる前に悲鳴は響いた……
二人の海賊の体から血が噴き出す。
一人は首を切られ、もう一人は胸を貫かれた……
でも、それは終わりではなかった。
ロードに纏っている黒い霧から長い腕のようなものが現れ、二人の海賊の体に巻いた。
たちまち、海賊たちの体から黒い霧が湧き出て、ロードに逆流し始めた。
まさか、命を、喰らっている……?!
血を見たのは初めてではないのに、心が千鈞の石に圧迫されるように、息ができない……
「永遠不滅な力」、あるいはその力が宿った執念は、一体何をしたい。
ただ命を求め、命を食らうのだけなの……
「ロードゥゥー! まだやるのか!」
カンナは力の限り叫んだが、「ロード」はただ命を喰らい続けている。
「あなたの声はもう届かないです。彼の意思より死んだ男の執念が強いです。力を制御しきれない人は狂う、執念に勝てない人は流される。それだけのことです」
ロードの代わりに、藍はやや冷たい声でカンナに返事をした。
「ふざけるな……ロードは、あのロードは、あたしが小さい頃からずっと見ていた馬鹿野郎なんだ……だらしない、女好き、食いしん坊……だけど、どの野郎よりも船のことを大事に思って、野郎どもから信頼されているクソ船長なんだ……!!」
カンナの顔は歪んでいる。
怒り、驚愕、失望、そして悲しみ、様々な感情が混じている。
私には仲間と言えるよう人はいない。彼女の心境をよく理解できないかもしれない。
けど、その殺し方に反吐が出そうな気分いさせられた。
海賊に同情する気はないが、裁くなら公正な審判の下で行うべきだ。
化物の餌になるのではない。
「警備船はこっちに向かっています。その前に何とかしないと、海賊数人を殺す程度のことで済ませません」
ウィルフリードは藍を見て、催促するように言った。
「そうですね。解決方法と言えば、呪いとロード、両方とも、この世から消し去ることです」
藍は私に話した同じ内容を返した。そのうえに、追加説明も加えた。
「その力を操るには命のエネルギーが必要です。そのため彼は人を殺し、生命力を吸い取らなければなりません。命のエネルギーがなくなれば、力はただの力、なんにもなりません。なので、その宿主の命を消せば、両方も消えます」
「なるほど。さすが、詳しいですね」
ウィルフリードは納得したように頷いた。
「けど、どうやらその黒い霧は防御壁にも兼ねています。普通の武器は役立たないようです」
「貴方ほどのお方なら、使えそうなものの一つや二つくらいお持ちではありませんか?」
藍は興味深そうな口調でウィルフリードに聞き返した。
「……」
ウィルフリードは一度私を見て、懐から人差し指の長さくらいの「針」を取り出した。
「一個だけなら」
彼は優雅な動きで、「針」を唇の上で軽く擦った。また興味深そうな目線で藍を見返した。
「彼に投げつけば、穴くらい開けられますが、どのくらい維持できるかわかりません。問題はその後です」
「一瞬だけでも、穴を開けてくれれば十分です」
ウィルフリードは余裕そう、藍は自信満々。
お互いの「できること」を探っているようだ。
こんな状況で、よくもそんな悠長なことができる。
二人とも、ただものではない。
彼らに比べて、私はまるで知らない森に入った迷子のようだ。
「大丈夫、万が一失敗した場合、貴女は逃げることだけを考えればいい」
私の視線に気づいたのか、ウィルフリードは一瞬、柔らかい表情に戻った。
「逃げる? どこへ?」
鼻で軽く笑った。
「救命ボートは既に出されたはず。奴を解決しない限り、この船のどこに逃げても、早かれ遅かれ餌になるでしょ。後道はないわ」
ここに何かがあると信じたから、ここにいた。
その何かを見つける前に、引き下がるわけにはいかない。
たとえ、悪魔を相手に回しても。
こちらの話がついたら、悪魔に取り憑かれたものもまた動き出した。
「よこせ、青石を……」
生命力を完全に吸い取ったのか、死んだ海賊に繋がっていた黒い霧の腕が消えた。
その代わりに、ロードの身に纏っている霧の色は一層深くなって、燃え上がる炎のような形に変化した。
……「永遠不滅な力」を手に入れたのに、なぜまだ青石を求める?
死んだ男の執念は一体何が欲しい……
そんな疑問をじっくり考える余裕はない。
いつ来るのか分からない攻撃に備えて、全身の神経で警戒しなければならない。
「わたしは囮になります。ウィルフリード様は機を見て、行動してください」
そう言ったら、藍はロードに歩み出した。
「オオォ、オオォ、来たのか、よこせ……もう一度……すべてを……」
ロードは棒のように揺れながら藍に向かった。
完全に藍に注意力を取られたようだ。
ウィルフリードはひっそりとロードの後ろに移動し始めた。
「その執念の深さは分かりました。でも、わたしから何もしてあげられませんよ」
ロードを部屋の真ん中に誘導するように、藍は逃げ場のない壁際まで下がった。
私は何もできない。
ただ見ているだけーー「あの時」と同じ……
どんなに意志が強くても、力がなければ何もならない。
もう一度自分の力無さを憎んで、唇を噛み締めた。
ロードの背中がはっきり見えるところに着いたら、ウィルフリードは先ほどの「針」をロードの背に投げつける――
「どけ!!……あたしが、やる……!」
!!
その時、カンナは跳び上がった。
足元に落ちた長刀を拾い、ウィルフリードを押しのけてロードに走り出した。
ウィルフリードはただ軽く身を翻し、平然とした目でカンナの後ろ姿を見送る。
投げられた「針」はロードの背中の黒い霧に触れると、霧が爆発した。
「どうせなら、いっそうこの手で……!!」
カンナは叫びながら、信頼する船長、弟のロードに刃を突き出す――
「オォォ!!」
けど、「ロード」はいきなり振り向いて、両腕を強く振るい、カンナを飛ばした。
「!!」
ドンッ!
カンナの体は私の後ろの壁に強くぶつかった。
「よく、よくも……俺の邪魔を――」
先まで動きを惜しかったような「ロード」は突然にスピードをあげて、倒れたカンナに襲う。
「違う……俺が望んだのは――」
!!
ロードは私の隣を通る瞬間、不思議な声が頭中に響いた。
これは、まだ消えていないロードの意識なの……?
違う、別人の声だ!
「青石、俺に、自由を……!」
なぜか、左腕が燃えるように熱くなる。
迷いなく、近くに落ちているウィルフリードのナイフを拾った。
今この瞬間で、やっと私がここに残る意味が分かった。
私のやるべきことはーー
ロードは両手でカンナの頸を絞め上げる。
彼の背中を覆う黒霧がほとんど消えている。
体の要害は丸見えだ。
――!!
全身の力を絞って、ナイフをロードの背中に刺した。
その一撃が効いたのか、カンナの頸を絞める黒い爪先とその主と共に動きが止まった。
ロードの体は糸が切られたマリオネットのように地に倒れこんだ。
そして、謎の黒い霧は煙のように消えていく……
さっきの声は、恐らく、「永遠不滅な力」を手にした人のものだ。
青石を求める理由は、もう一度力を手に入れるのではなく、力から解放されたいかも知れない……
私がここに残る理由は、呪われたものを解放するには、呪われた手が必要だから――かも知れない……
解放できるといいけど……
「藍……」
「お見事です。お嬢様」
小さい声をこぼしたら、次の言葉が分かったように、藍はロードの隣に行った。
彼は左手をロードの背中に当てて、グィッと押しながら、右手でナイフを抜いた。
傷口から噴き出した血はほんのわずか。止血がうまくいったようだ。
「力と位置は少しでもずれたら、彼の命が完全に消滅します。」
藍は一度感心しそうに私に振り向いた。
「魔女の呪い」を治療するために、狂ったように医術や魔術とかに没頭した時期がある。
そこで気づいたのは、人体の構造を覚えれば、強い敵と対面する時に非常に有利になることだ。
どこを攻撃すれば即死させる、どのくらいを刺せば命くらいを残せる……
「なるほど、瀕死状態になった以上、残った生命力はその永遠不滅の力を支えきれなくなる、ということですね」
ウィルフリードの言葉を証明するように、ロードの体から薄い黒影が浮かびあがった。
藍は片手で影を受け止め、送り出すように手を上げた。
「言ったでしょう。わたしから何もしてあげられません。あの力は、わたしにとって、必要なものではなかったから……」
藍の言葉が分かったのか、黒影はちらっと揺れていて、黒霧と同じように、血と海水の匂いが満ちた空気の中で静かに消えた。
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