スタートライン

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「いやあ、思いの外大盛況だったな」 「ああ、あんなに上手くいくなんて、自分でも正直驚いたよ」 「驚いたと言えばさ、リベンジとは言ったものの、あの高田があんなに呆気なく笑うなんてな」  確かに。小、中と一緒だったにも関わらず、あいつの笑った顔なんて一度も見たことがなかった。  もしかして人違いだったのかも? などと話しながら控室へと戻ろうとする俺達に、件の高田が走り寄って声を掛けてきた。 「やあ、久しぶり。俺のこと覚えてる?」 「え? あ、ああ」 「お、覚えてるよ、もちろん」  丁度高田について話していた俺達は、しどろもどろにそう答えた。 「本当に面白かったよ。君達はあの頃とちっとも変わってないな」 「え、そ、そう? ははは」 「いや、お前は変わりすぎだろ。まさか俺達の漫才を観て爆笑する顔を見れるなんて、夢にも思わなかった」  お茶を濁すように愛想笑いする俺とは真逆に、時男はスパッと本音を叩きつける。  高田はというと、ああ……と、一瞬遠い目をしてこう言った。 「あの頃はさ、可笑しくても笑わないよう必死に堪えてたんだ」 「は? 何、どういうこと?」 「うちはそういうの禁止されてて。人の上に立つ人間が、お笑いなんて低俗なものに興味を持つなってね」  俺達は思わず声を詰まらせた。  いつも真面目で毎日のように塾へと通い詰めだった高田。  お笑いなんて馬鹿らしいとでも思っているのだと、そう決めつけていた。 「でも親の会社が突然倒産してさ。破産した上に一家離散しちゃって……まあ、そのおかげで俺は自由の身になれたって訳だけど」  そういえば、高田はある日突然学校に来なくなった。  しばらくして先生からは、家の都合で急遽転校したのだと聞かされただけだった。 「そ、そうだったんだ。なんかえらく苦労してたんだな、お前」 「俺達の漫才がつまらなかった訳じゃなかったのか」 「いやいや、君達は昔から面白かったよ!」  大真面目な顔で高田が言う。  そんな風に改めて言われると何だか照れるじゃないか。 「俺、今この旅館で働いてるんだ。君達を呼ぼうって提案したのも俺だよ」 「え、そうなの? いや、マジでありがとう」  思わぬ再会を果たした俺達だったが、その後すぐに高田は仕事があると言って足早に去っていった。  もしよかったらまた観に来てくれと伝えると、彼は嬉しそうな笑顔を見せた。 「これからもずっと応援してるよ。だから頑張って」  高田と別れた後、俺達二人は控室の扉を開けるなり、同時に大きく息を吐き出しながらその場に座り込んだ。  二人揃って極度の緊張状態から解放されたせいだろう。  そのまましばらく放心状態に陥っていた。  やがて時男がポツリと呟く。 「なんか、やっと認められたって気がする」 「いやいや、まだ第一関門突破したってだけだろ」 「それはそうなんだけど……」  その時、時男の瞳から一筋の涙が零れた。  俺はそれを見逃さなかった。  俺達が漫才を始めたきっかけ、それは時男の一言だった。  ――なあ、俺と一緒に漫才やってみない?  あれからもう十五年も経つのか。  無茶苦茶なことばかりするやつではあるが、こいつはいつも真面目で真っすぐだ。  時男と一緒に過ごした日々を思い返しながら、しみじみと思う。 「俺、お前とコンビ組めてホントよかったわ」  思わず口を衝いて出た俺の言葉に、時男は一瞬目を見開いた後、すぐに二カッと笑った。  俺達は、ようやくスタートラインに立ったばかりだ。  ~了~
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