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プロローグ
『それからアルミロはいいました。つぎはあのたかいやまのてっぺんにおおきないえをたてようと』
『ベニートとジーノはさんせいすると、こんどはだれがいちばんはやくきのえだをあつめてこられるかきょうそうするのでした』
「おしまい」
亜純は最後の文章をゆっくり読み終えると、パタンと絵本の裏表紙を閉じた。【さく・え 岡本 純】の文字にふっと頬を緩めた。
「せんせー、おうち、つくるの?」
3歳児にそう聞かれて亜純はにっこりと笑う。
「そうだね。皆で協力したら大きなお家ができるね。皆も毎日お友達と協力してお片付けしてるから偉いね」
亜純がそう言えば、子供たちは嬉しそうに顔を綻ばせた。亜純はそんな子供たちの表情を見るのが好きだ。保育士になったのだって、歳の離れた妹が可愛くて、高校に進学する頃には妹のように幼い子に関わる仕事に就きたいと思ったからだ。
念願叶って保育士となった亜純は、現在3歳児のクラスを受け持っている。当然子供相手だから、上手くいかないこともあるし嫌になることもある。
けれど、子供好きな亜純にとってこの仕事は生きがいとも呼べた。
他人の子供がこんなにも可愛いのだから、自分の子供はどんなに可愛いことか。そう期待に胸を膨らませて今の夫と結婚したが、結婚6年目となった現在も亜純に子供が授かることはなかった。
というのも、夫の依が子供を望まないからである。高校の同級生だった依は、亜純が子供好きで保育士になるべく専門学校へ進学を決めたことだってもちろん知っている。
依の大学卒業、入社を機にプロポーズを受けた時、当然依にもその覚悟があるものだと思っていた。
「仕事が安定してからじゃないと子供は無理だよ。亜純は俺より2年先に社会人になってるからいいけど、俺は最低3年は働いて仕事を身につけないと」
言っていることは間違っていないと思っていた。たとえ子供ができたとしても経済力がなければ自分たちも子供も大変な思いをする。
子供が苦痛な生活を強いられるのは、求めているものとは違う。けれど結婚6年目となった今、依が言った3年を過ぎて更に年数を重ね、あの言葉がただの逃げだと知ることになった。
そんな亜純は、純粋無垢な子供たちの笑顔を見る度に切なくなるのだ。子供が好きだからこの仕事に就いた。それなのに、自分自身が苦しい思いをするなんて、期待に満ち溢れていた専門学生時代には想像もしていないことだった。
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