愛情は感じるもの

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「それならよかった。お節介になるのは俺も本意じゃないからね」  千景は照れくさそうに笑う。依と亜純に関わるのが面倒だと思ったのは、依が意味もなく千景に嫌味を言うからだった。時には怒鳴るし千景を責める。  千景にとって良かれと思ったことも、他人には余計なお世話であることが多い。だから千景は人間は嫌いではないが深入りするのは苦手だった。  依が亜純と離れた今、亜純とこうして会うことも誰かに気を使う必要がなくなった。誰にも文句を言われないし、亜純がお礼を言ってくれたら嬉しく感じた。  千景にとっても亜純は心落ち着く存在だった。夢を応援してくれて、叶った今でも変わりなく接してくれる。  周りが有名絵本作家になってから態度が変わったり、金を無心したりする中、亜純はいつまでたっても変わらない。  自立していて相手を思いやれる。しっかり者の亜純が唯一寄りかかれる相手が依だった。きっと依の前では気を張らずに甘えたり甘えさせたりしたのだろう。  その姿だけは千景も知らない。けれど亜純が依のことで感情を剥き出しにして泣いた時、初めて亜純の素の部分を見た気がした。  そして今もこうして自分を頼ってくれたのだ。美希に送ってもらったとは言ったが、その前に亜純が音声を送ったのは千景だった。  それだけで真っ先に頼ってくれたのは自分だと確信できた。 「明日、病院着いて来てほしい」 「うん。行くってば。迎えに行くから大丈夫だよ」  千景はあんなことがあって誰かに裏切られるのが怖いのだろうと思った。10年以上の付き合いとなった依でさえ亜純のことを欺いていたのだ。  結婚していても、本気で誰かを好きになっても裏切られることがあると知ったはず。人間不信になってもおかしくはないのに、それでも自分を信じようとしてくれることが嬉しかった。  自分だけはずっと亜純の傍にいてあげたいと思ったし、同時にこうして頼ってくれるのが自分だけならもう傷付くことなんかないのにと感じた。
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