新しい風

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「子供が欲しいってなに? 結婚する気じゃないだろ?」  依はザワザワと胸が騒ぐのを感じた。いつか亜純に新しい恋人ができてゆくゆくは結婚することもあるだろうと考えたこともあった。  けれど、依がいつまでも亜純に執着しているのと同じように、亜純だってそんなにすぐに次の結婚を考えられるわけがない。  きっと結婚を考えるにしたってもっと何年も先の話だ。そう思っていた。だから千景からそんな話をされたって到底受け入れられるものではない。  お互いに相手を知っている関係だ。親同士だって顔見知り。結婚をしようと思えばいつだってできる間柄ではある。依が知らない男と恋愛するよりもよっぽど結婚する可能性は高く、すぐそこに迫っている脅威も感じた。 「もちろんすぐにじゃないよ。友達と恋人じゃきっと今までとは違う部分も見えるだろうし、今までしたことのない喧嘩もするかもしれない。でも、俺は亜純のことが好きだから亜純の喜ぶことをしてあげたい」  千景にそう言われて依は瞳を揺らした。『好きだから亜純の喜ぶことをしてあげたい』のは依も同じだった。だから家事だって率先してやったし、疲れて帰ってきた亜純を癒そうとマッサージをしてあげたりもした。  それでも亜純は不満をもったのだから、そんなに簡単にいくわけがない。依はぐっと奥馬を噛む。 「俺は、亜純が喜んでくれるために色んな努力をした。自分が苦手なこともやったし、亜純の負担を減らせるように努力したし」 「うん、聞いてる。本当にいい旦那さんだってよく言ってたよ」  千景のその言葉に依は一瞬体の力が抜けた。亜純もいい夫として認めてくれていた時期はあったのだと知ることができた。 「でも、亜純はセックスレスになったことや、子供を持ちたくないと思っていたことが1番してほしくないことだったって。家事や買い物は1人でもできるけど、出産も子育ても1人じゃできない。1人でできることを手伝ってくれるよりも、夫婦2人じゃないとできないことをしたかったんだって」  亜純の気持ちを千景から聞くのは、亜純本人から言われるよりも堪えるものがあった。
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