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「それは……」
依は狼狽した。依なりに努力はしてきたつもりだ。他所の夫よりもよっぽどいい夫であろうと努めてきた。けれど、依が唯一できなかったことを1番して欲しくなかったと言われてしまえばそれまでだ。
「亜純は依にそれを強要するつもりはなかった。でも、だから別れたんでしょ? 亜純も依のことが大切だったから依が嫌なことはさせたくなかったんだよ」
「……大切だったから?」
「そうでしょ? 子供ができたら一生のことだもん。子供はいらないっていう依に子供ができたら死んだって自分たちの子だもん。依を一緒に苦しめることになるって」
依はそれを聞いて息をのんだ。亜純はそんなことは言わなかった。子供を望めない依とは一緒にいられない。そればかりだった。
だから依の目にも、亜純の希望ばかり押し付けてくるように見えた。
「俺は……亜純も一緒にいられるなら別に我慢しても……」
「我慢ってなに? 自分の子供にまで我慢して接するつもりだった? 我慢して内心疎ましいと思いながら苦しみながら亜純にだけ愛情を注ぐつもりだった?」
「お前はいいよ。元々子供が好きだから、別に亜純の子じゃなくても可愛いと思えるもんな」
「そうかもしれないね……。でも、亜純との子供だったらもっと可愛いだろうなって思うよ。だって、自分の血と好きな人の血が混ざった子が生まれるんだよ?」
千景の言葉は衝撃的だった。子供は母親の体内でしか育たないし、母親しか産めない。好きな人とはどんなに交わっても決して1つになることはない。けれど子供は1つになって生まれてくるのだ。依にはそんな簡単なことが今まで理解できなかった。
「……なんでお前なんだよ」
「俺なら亜純が望むものを与えてあげられるから。そうでありたいと思ってる。お互いの両親には付き合ってることを報告したよ」
「は……?」
「亜純が依と結婚してたことは皆知ってるわけだから。もしかしたら依の母親から依に話がいくかもって思ったから……他の人から又聞きするよりかは俺から言った方がいいと思った。
認めてほしいって言ってるわけじゃない。これはただの報告にすぎないから。俺たちのことは俺たちで決める。もう依には関係ない」
千景がとても冷たく感じた。高校の頃から自分が千景に対してしてきたことだ。亜純に恋愛感情を抱くな、女として見るな、必要以上に近寄るな。そうやって牽制してきた。
それで亜純を守れているつもりでいた。けれど、実際に自分がそうされてみると亜純との距離がとてつもなく遠く感じて寂しさでいっぱいになった。
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