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都心の一等地に聳える紺色の超高層ビルが大洋新聞社の本社である。ホールと美術館が併設され、正面入口には高く掲げられた社旗がたなびいている。
下からロビー、営業、事業、不動産、出版、食堂と続き、7階へ行くと報道局のフロアが姿を現す。その中の一角にあるデスク島が、社会部のテリトリーだ。
「ごめんねー、紬ちゃん!」
編集デスク・桐谷聖子が両手を合わせて頭を下げている。相手は、渦中の人物、琴葉紬だ。広げられた朝刊には、昨日撮った彼女の記事がどこにもない。
「いろんなことがあって、記事が別の内容になっちゃった!」
「……『いろんなこと』ですか……へへ……へへへへ!」
紬は身を揺らしながら笑い続けている。周りの社員は何度も耳にしているが、それでも聞こえるたびに手が止まり、背筋が凍る。
「ほんと! ほんとにごめん!」
「しかたないっすねえ。桐谷さんに頭下げられたら」
小柄な紬は長身の聖子を見上げた。
「ありがとう紬ちゃん! 大好き! わー!」
「わー」
聖子は身を前に乗り出すと紬の髪を両手で撫でる。
「犬か何かかな……」
その様子を眺めながら新人記者の大葉昭が小さく呟いた。
周りの先輩から彼は大いに気の毒がられている。というのも、隣の席は、その紬だからである。
話を終え、紬が戻ってきた。大葉が話しかける。
「あの、琴葉さん!」
「あ?」
「ひっ」
低い声と共に鋭い眼光が返ってきた。
「なに?」
「あの、その……どこか取材に行かれる予定、ありますか? できれば同行させていただきたいな、と……」
「何のために?」
「不肖・大葉昭! 一人前の記者になるため、大先輩の琴葉さんから指南を仰ぎたく……」
「あーうるさいし長いし暑苦しい」
紬は両耳を塞いで彼の話を切り上げる。
「……『記事は主題をかいつまんで端的に書け』ということか! 勉強になります」
拒絶したはずなのに何故か大葉は熱心にメモを取る。紬は物珍しそうに見つめた。社内では「あいつも大概なのではないか」と囁かれている。
「琴葉さん、来客だそうです」
内線をとった事務員が琴葉に呼びかける。
「客? 私にですか」
「神山さんという方だと」
「え、それって……」
大葉はすぐに察した。ゆっくりと彼女に目を遣る。
「へへ……へへへ! へへへへ!」
紬はデスクから飛び上がると、いつもの引き笑いを始めた。
かと思うと、途端に大葉へと目を合わせる。
「わっ」
「大葉って言ったっけ」
「は、はい」
「……一緒に、来な」
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