死んでしまいたい…

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死んでしまいたい…

ある日宮中で、薫の君様が 「衣片敷き今宵もや」 (今宵も独り臥して私を待っているだろう、宇治の橋姫よ)と名歌を口ずさむのを匂の宮様が耳にしたそうです。 薫の君様は男盛りの美しさで、学問も政治も、芸事や心遣いにおいても優れていらしゃる。 (こんな立派な男を差しおいて、 浮舟が私を愛してくれるだろうか)と 私の心変わりを恐れた匂の宮様は無理をなさって、宇治へお出でになりました。 雪の夜更け。 このような日にお出でになるなんて…驚いている私を抱き上げ、宇治川に浮かべた小舟に乗せます。心細くて、でも夢の中にいるようで、思わず匂の宮様に寄り添いました。 いつしか雪もやみ、有明の月が空高く澄んで、水面に美しく映ります。 舟が止まり、船頭が告げました。 「ここが、橘の小島です」 雪景色に常緑樹の深い緑が映えています。 舟を岸に着け、ふたりで粗末な家に入りました。 朝日が射し、軒の氷柱が陽を浴びてきらきらと光り、匂の宮様は朝日の中で一層美しいのに、私は白い下着の着物だけで恥ずかしいと思っていると 「ほんとうにかわいいね。細くて強く抱きしめたら折れてしまいそうだよ。」と優しく抱いてくださいます。 二日間、人目を気にせず過ごし、 「今後、薫には逢わないと約束してくれ」と念を押すのです。 私とて同じ気持ち。でも、ご返事できずただ泣くしかありません。 (薫の君様に疎まれれば、どう生きていくのか…。 匂の宮様は、他にもたくさんの女性がいらっしゃる浮気な方。なにより、姉上様の夫なのに…) 匂の宮様がお帰りになって、思い切れず悩むうちに、薫の君様と匂の宮様、双方から手紙が届きました。 薫の君様は、四月十日に私を京に迎えられるよう準備を進めていると。 そして匂の宮様は、それに先んじて三月末に引き取ると伝えてきました。 母は「娘が好色者(すきもの)の匂の宮様になびくようなら、二度と娘と顔を合わせない」と女房たちに話します… もう、母にも相談できない… 宇治川の水音を聞きながら 「死んでしまいたい…」 「子どもが転落したとか。命を落とす人の多い川」と噂をしていたのを思い出しながらそう思いました。
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