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 十二月の第二週。この週が終わると冬休みに入る。  放送室の不思議については美術室と同様に心当たりがあったが、さすがに一週間では解けないと思ったため年明けまでお預けとする。  冬休みの期間は一か月もないくらいだが、念のため内容を忘れないように、私は図書室の掟本を再度確認しておくことにした。  昼休み。久しぶりに図書室に入る。初めて出会ったあの時から、もう半年が経った。全ての始まり、その本棚へ足を運ぶ。  あの時と全く変わらないその本棚から掟本を取り出し、中を確認する。ふざけた内容を読みつつ、もう終わってしまうのか、と早くも感慨に(ふけ)る。私は一応スマートフォンを取り出し、シャッター音を出さないようにして『七不思議の掟』を写真に収めた。  元の状態に戻し、しばしの別れを告げて図書室を立ち去る。HR(ホームルーム)へ戻り、五限の授業の準備をする。次は確か…英語表現だ。  分厚い参考本とノートを取り出し、机の上へ。時間がまだあるため、前回の復習がてらノートを開く。パッと開かれたページは随分前の内容で、そこにはりく先生が作ってくれた表が貼ってあった。表が嵩張(かさば)ってこのページが開きやすくなっていたわけだが、生憎りく先生のおかげでここの内容は完璧に学び終わっており、復習の必要がない。次のページへ、と(めく)ろうとしたが、ふと手を止める。表に書かれた字。どこか見覚えがあると思っていた字。この字って、まさか。  私はポケットからスマートフォンを取り出し、アルバムを開いた。  掟本の時もそうだったように、五限という誰もが眠たくなる時間の中、私の目ははっきりと冴えていた。  授業前、りく先生が書いたメモと掟本の字を見比べたところ、やはり両者の字は似ていた。『の』や言偏のバランス、『名』の『口』も『タ』も、少し癖のある書き方だが確かに一致していた。筆跡が同じ。つまり……十年近く前に掟本を書いたのは、この七不思議を作ったのは、りく先生ということになる。  この説が正しいかどうか、今はまだ半信半疑だ。そのため、これまでの不思議を踏まえて推測できる「作者」の情報を整理してみようと思う。悪いが授業はスルーだ。  まず…順に追っていくと、「作者」は選択科目を美術、あるいは書道にしていた。美術室に仕掛けを施すには内部をよく知っておかなければならない。そのため美術選択の可能性が高いが、掟本の字の綺麗さから書道選択もあり得る。  次に、「作者」は今もこの学校に居る、もしくは来ている。藤棚の不思議は、定期的に人の手を加えないと完成しない。ということは、草刈りをしに来る職人あるいは教師が「作者」だ。  そして、性別は男である。男子トイレに不思議があったのだからこれは確定だろう。そうじゃなかったら私よりヤバい。  あとは…、最初のと少し被るけど、美術部もしくは放送部に所属していたはず。もし書道選択だったなら美術部、美術選択だったなら放送部、という感じだ。これなら辻褄が合う……はず。  放送部が候補に挙がったのは、次の不思議に関係しているからである。心当たりのある放送室の不思議というのは、ノイズだ。放送部の活動として毎日一回は必ず放送がある。いつもそれとなく聞いているが、時々その放送中に砂嵐のようなノイズが入ることがある。毎度毎度忘れた頃に聞こえてくるため、これもきっとそういう装置があるのだろう。となると、放送室に入ってそれを仕掛けられたのは放送部員ということになるのでは。  まとめると、「作者」は美術選択の放送部、現在草刈りの職人もしくはこの学校の教師、男性、改修工事のあった十年前~八年前の卒業生、となる。  う~~む。これじゃあ、まだりく先生とは断定できないな。まぁ、彼にそれとなく卒業生かどうか色々聞いていけば明らかになるか。  不思議調査と違ってこっちはすぐに済みそうなため、早速放課後にりく先生に聞きに行こう、と決めたところで、授業に意識を戻す。生徒のほとんどが寝ているのをわかっているからか、授業内容はそれほど進められていなかった。今ならまだ追いつけそうだ。急いでノートに板書を写していく。  放課後、りく先生を訪ねて職員室へ。もうHRの次くらいに通っている回数が多い。おかげで顔見知りの教師が一気に増えた。  室内を見渡し先生の姿を探すが、デスクにもどこにも見当たらない。彼の隣のデスクの教師が丁度近くまで来たため、尋ねてみる。 「あの、すいません。りく先生はいらっしゃいますか」 「りく先生?あー、今、確か放送室に居るはず。珍しく部活のミーティングか何かで」 え…? 「それよりねぇ、いくら親しみやすいからって名前呼びはあまり良くないと思うよ——」 放送室?部活?……放送部の顧問ってこと? 「——ちゃんと苗字で……あれ、何て苗字だったかな…」 「あのっ、りく先生って放送部の顧問なんですか」 「お、おぉ。在校してた時に放送部だったからって言って、進んで顧問に」 。 「あの人ってやっぱりここの卒業生なんですか。どれくらい前ですか」 「え、えーーと確か…八年前って言ってたかな…」 。ドンピシャだ。もうでしょ。「作者」は彼、りく先生で確定だ。 「お、ミーティング終わったみたいだぞ、出てきた。あーっと、苗字が——」 振り返る。職員室の扉の先に彼の姿が見えた。そのままこっちに来る…と思いきや、彼は渡り廊下の方へ、B棟の方へ消えていった。 「——あ、そうだ思い出した。」 「すいません。ありがとうございました」 話を強引に切り上げ、急いで追いかける。 「え、ちょっ」 文字通り置き去りにして私は駆け出す。彼に、本人に直接、確認しなければ。  角を曲がり渡り廊下へ。彼の背中が見える。追いつこうと走っている途中、彼の上履きの(かかと)に黒のマジックで★が書かれていることに気付いた。間違いない。 「あのっ!!」 声を掛けたはいいものの、どう話を切り出すか考えていなかった。「あなたが七不思議の作者ですか」か。いや、周りには少なからず二年生の生徒がいる。それに今の掛け声に反応してこっちに注目している。口外禁止の掟だ。どうすれば、彼に伝えられる?  考えがまとまらず、結局私は自分でも何を言っているのかわからない、ふと思い浮かんだ言葉を考えなしに言い放った。 「あ、あの、七星さん……ですか?」 は?「はい、そうです」か「いいえ、違います」って言われたら終わりじゃん。ホントに何言ってんだ私は。  バッサリと斬られることを覚悟したがしかし、沈黙を保っていた彼は「はい」でも「いいえ」でもなく僅かに目を見開いて、こう答えた。 「………」
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