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 文化祭で裏方を担当すると準備日に全てが終わるため、当日はほとんど出番がなく恐ろしいほど暇になる。荷物置き場とされたHR(ホームルーム)隣の空き教室で机に腕組み伏しながら、ぼんやりと前の黒板を眺めていた。  フスーっと鼻で溜息をつく。今朝は忙しかった。クッソ重い荷物を肩に掛けながらわざわざ早めに登校し、B棟三階の男子トイレへ向かわなくてはならなかった。荷物というのは一枚の鏡で、既に調光フィルムや他の仕組みが施してある。かなり大きな荷物だが、きっと文化祭の出し物に必要なのだろう、という風にしか思われない今の時期だからこそ容易に持ち込めた。  金具の調整やら何やらを一人でやったし鏡は重いしで、今日はもう限界が近かった。お昼前にして襲ってきた睡魔に半分意識を持って行かれていたその時、自分を呼ぶ声が聞こえハッと意識を戻す。 「お疲れのようだな七星~」 ちっ、せっかく眠れそうだったのにこいつ…。 「中井、何しに来た。お前クラス違うだろ」 「いや~やっぱ友達のクラスの出し物って気になるじゃん。七星出てなかったけど」 「俺が劇をやるわけないだろ。準備はちゃんとやったんだし、当日はこうやってゆっくり休みたいんだ」  一年生の出し物は劇で、それぞれのHRで行うものと学校から決められている。残念ながら漫画やアニメでよく見る模擬店は出店できない決まりだ。公立高校だし収支管理もきっと面倒なのだろう、俺は間違いだとは思わない。しかし…やっぱりちょっと、味気ないとも思う。 「えーー。一緒に回ろうぜー」 「いや、ホント今日はもう無理。動きたくない」 「そんなに?いったい何したんだよ」 「……鏡、取り替えた」  こいつ、中井は、俺が七不思議の準備をしていることに気付きやがった唯一の同級生だ。選択授業の美術や体育でペアになったよしみで昼休みになるとよく一緒に飯を食いに来るのだが、ある日こいつは不思議の仕掛け案が書かれた俺のメモを目敏(めざと)く見つけやがった。それから協力者もといご意見番としてたまに不思議作りに参加するようになってしまったのだ。 「鏡ぃ?あぁ、あの発注したって言ってたやつか」 「そうだ。フィルムの施工はさすがに個人じゃ無理そうだったからわざわざ家に来てもらったんだ。そんで、完成したやつを今日の朝持って来て取り替えた。めちゃくちゃ重かったよ」 「うへぇー、それで元の鏡は?」  教室の壁際に置いてある自分のリュックを指差す。リュックの後ろに置いてみたものの隠し切れないほどに大きいトートバッグの口からは、僅かに鏡の反射がキラリと見えてしまっている。うんざりした声で俺は不満を漏らした。 「あれを、今度は持って帰らなきゃいけないんだ。面倒くさい」 「ははっ、自業自得じゃ~ん。ちなみに(うち)は鏡、間に合ってるんで」 ちっ。正論パンチかましやがって。家も鏡は間に合ってんだよ。 「まぁ、そんなわけで今日は動けない。明日なら回れる。それでいいか」 「おっけ明日ね。じゃあ今日は、進捗の報告で」 はぁー。いつもの場所でないと誰かに聞かれそうで不安なのだが、こうして文化祭中に何もせず教室にいるのは俺達だけみたいだし、まぁ大丈夫そうか。 「……まず、美術室だが」  美術室の不思議は予定通り石膏像にする。この前、自宅横の工房で試作品を作り美術室とほとんど同じ条件で作動させてみたのだが、問題が一つ見つかった。  黒板から教室後方までの距離が少し遠いのか、電波が正常に内部に届く場合と届かず作動しない場合がある、というものだ。確率的には三分の一かそれ以下で作動、といった感じ。 「それ、直すのか?逆にその不確実さが不思議にピッタリだと俺は思うんだけど」  俺もそう思ったのだが、三分の一以下という確率はさすがに低すぎると思ったため、黒板に面している耳に穴を空け少しでも内部に電波が届くようにしてみた。 「成果は?」 「…確率が三分の一以上、二分の一以下になった」 「そんなに変わったのか、すごいな。  じゃあさ、耳だけじゃなくて目にも穴空けといた方がいいんじゃね?」 「なんで目にも?」 「いやほら、振動でズレて正面向いちゃった時のために」  ふむ、まあ一理ある。となると後頭部にも空けといた方がいいな。帰ったらやっておこう。目と耳ときたら後は鼻だが……鼻は関係ないし面倒だからいいか。 「じゃあ美術室はそれで進めとく。次は…」
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