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 ベンチに並んで腰掛け、自販機で買ったジュースを飲みながら会話を始める。 「なぁ七星、七不思議作るって、本気なんだよな?」  いきなりどうしたんだこいつ。本気じゃなきゃここまでやらないだろ。 「…お前こそ、本気で関わろうとしてんのか?それとも面白そうって軽い気持ちで関わろうとしてんのか?」 「俺だって本気だよ!本気で関わりたい、助けになりたいと思ってる…!」  ここまで感情的な、いや、深刻そうな表情をする中井は見たことがなかったため、俺は内心とても驚いた。何とか言葉を繋ぐ。 「……それで、結局は何が言いたい」 「…残りの不思議の詳細も、明かしてくれないか。信用して、全部教えてほしい」  深刻な顔をして何を言うかと思えば…。 「別に信用してなかったわけじゃない。隠してもいない」 「いやでも、最後の方の不思議はお前の性格的にかなり重要なもので、それをずっと教えてくれないってことは俺のこと…」 「残りの不思議はただただ思いついていなかっただけで、つまり、お前の勘違いだよ。本当だ。俺はお前を信用してるし、それに…親友だとも思ってる」 「……そうか、あ、ありがとう。  …………俺、中学の時に、何気なく友達の秘密ばらしちゃったみたいで、それで、地元に居づらくなって、ちょっと離れたこの学校に、()、通ったんだ。  積み木が崩れるようなあの、感覚が、今でもはっきりと…」  押し殺しているのだろうが、中井の声は微かに震えていた。  …これを「トラウマ」という一言で(くく)って良いものなのだろうか。こいつは、信用を失うこと、信用が得られないことにひどく怯えているのだ。  色々と助けてもらったのだから俺も助けたい。今だって、俺に打ち明けてくれた。その覚悟に応えたい。そう思うが、俺ひとりだけの力や言葉で全てを変えられるほどこの問題は軽くない。それに変えられるのは、変われるかどうかは、こいつ自身の心次第なんだ。  ならせめて俺だけでも、ほんのひと欠片でも助けになるように、信用しているってことを伝えてやらなきゃいけないんだ。 「……大丈夫だ。不安に思うなら、ちゃんと言ってやる。  お前を信用しているよ、」 「…!  ………ああ。ありがとう、」  ジュースが空になっているにも関わらず、辺りが仄暗(ほのぐら)い時間となっても俺達はまだ話し続けていた。 「それで、残りの不思議は何か思いついたのか、つなぐ。  今確か…美術室、藤棚、トイレ、職員室と……あと何だっけ」 「あと図書室だ。お前に頼んでた『七不思議の掟』だよ。もう書けたか?」 「ああ。追記したいことがなければ完成ってことになるけど、何かあるか?」 「いや、そのままでいい。それで完成だ」 「で、残り…二つか。六つ目の不思議は決まってるのか?」 「…まあな。今日お前と一緒に文化祭を回っていて思いついた」 「おぉ、どんな不思議だ?」 「……お前が決めていい。いや、お前が決めろ」 「え?」 「共犯者なら共犯者らしくやってみろ。  お前は、どんな不思議が欲しい?」 「っ俺は…実はずっと考えていた不思議がひとつ…」  それから暫く放送室の不思議についての打ち合わせをした。放送部のこいつが仕掛けるとなるとバレた時に疑われてしまうが、まあひとつくらいならいいか、と結局受け入れた。  概ね内容が決まり、再びジュースを買ってひと息ついていた時、陸が聞いてくる。 「なあ、今更なんだけどさ、機械仕掛けばっかでいいのか?」 「しょうがないだろ。そもそもこの学校は普通過ぎるんだ。素で活かせるのは藤棚くらいで、他は活かしようがない」 「そっか……それで、あとひとつ、七つ目は決まってるのか?」 「ああ、それのことだが、―――――」 「……え、それでいいのか?」 「おう。ロマンだろ」  話が終わり、ベンチを立って帰路に就く。お互い無言だったが、不思議といつもより心地は良かった。  俺は自宅へ、陸は駅まで、という分かれ道で別れる際、陸が最後の質問をしてきた。 「あのさ、あともうひとつ聞いていいか」 「…まだあんのか。何だ?」 「いや、純粋な疑問なんだけどさ、なんで理科室には仕掛けなかったのかなって。音楽室は俺達どっちも授業選択してないからまぁわかるんだけど、音楽室と同じ定番で、割と中に入れる理科室になんで何もしなかったのか、気になってな」 「あぁ………理科室は取られたからな」 「…?」 「いや、何でもない。また月曜な」  陸と別れ自宅へ歩を進める。ふと夜空を見上げると、目が眩むほどに明るい満月が浮かんでいた。  中秋の名月は、街路灯などいらないほどに行く道を照らしている。
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