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 いくらなんでも早すぎる!  さっき話を整理していた時、この現象には何かきっかけがあるように思えた。これからそれを探そうと思っていたのに、早速起きてしまうとは。まずい、早く観察しないとそのきっかけを見逃してしまう。  私はすぐさま部屋を見渡す。私以外の生徒は席に座ったままで、特に怪しい動きはしていない。美術講師もただ黒板にコピー資料を貼っているだけだ。じゃあ、トリガーは一体何なのだ。私が部屋に入ったからか?いや、それなら授業中に起こった説明がつかない。暫時の観察ののち、結局わからずじまいで私は席に座った。惜しくも見逃してしまったが、今は気持ちを切り換えて次に起こるのを待とう。起こるのが一日一回でなければの話だが…。  最初から休憩を取るわけにはいかないため、先週決めた大まかな構図と内容を画用紙に下書きしていく。ひと段落ついたところで、いつ次が起こるかを警戒しながら何がトリガーなのか考え始める。とりあえず、共通点を探してみよう。  先ほどのも含め三回の不思議を目の当たりにしたわけだが、その全てに共通していることや状況はあるか。まず当たり前だが、私がいたということ。それと美術講師もだ。そうだ、こうなると彼女が怪しくなってくる。だけど彼女は特に変なことはしてない。先生らしく黒板をきれいにし、先生らしく資料を黒板に……。そうか、黒板だ。全ての状況で、先生が黒板に触れている。いや、正確に言うと、黒板を動かしている。  もしスライド黒板を動かすことがトリガーとなっているのであれば、ある程度の辻褄は合う。九割くらいは正解だと感じるがしかし、ここである疑問が湧いてくる。本当に黒板がトリガーであるというなら、もっとこの現象に遭遇しているはずなのだ。あのスライド黒板は、ほとんど毎回の授業で動かされている。にも関わらず今日までに二回しか遭遇していないのはおかしいのではないだろうか。もしかしてまだ見逃していることが…?いや、それはまぁ後にして石膏像と黒板を調べよう、と決めたところで、一限の終わりを告げるチャイムが鳴った。  黒板は授業終わりに調べるとして、まずは石膏像からだ。できれば二限が始まるまでのこの十分休憩で済ませたい。私は席を立ち、石膏像や立体模型が置かれている後方へ足を運んだ。  例の石膏像を色んな角度から観察する。よくある西洋人の顔の石膏像で、外見におかしな所は特に見当たらない。強いて言うならば、他の石膏像とは違って耳や目に小さな穴が空いている点だろうか。現実の人の顔を再現しようとしただけなのかもしれないため何とも言えないが、ただ、鼻にだけ穴が空いていない点は少し引っ掛かる。再現するなら鼻の穴も空けるはずだ。それにもし技術的に鼻の穴を空けることが難しくても、削るなりなんなりでそれっぽくできたはずだ。うーーん、と唸りながら観察を続けていると、 「内海さん、大丈夫ですか?」 と美術講師が声を掛けてきた。 「授業中ずっと手が止まっていたみたいだから、どうしたのかなって」 さすがに何もしなさ過ぎたか。言い訳考えてないな、どうしよう。 「えと、絵に人を描こうと思ったんですけど、顔の角度に悩んでて…」 人を描くつもりはなかったがこうなっては仕方ない、後で描き足しておこう。 「それで、ちょっとこの像動かしてもいいですか」 おお、急(ごしら)えの言い訳にしてはなかなか良い出来ではないだろうか。我ながらファインプレー。 「うん、いいですよ。…そっかぁ、人の顔って難しいもんねぇ。ちなみにどの角度にするかって、ある程度決まってる?その、横からもそうだけど上下の角度もあるから…」 「あーー、いえ、俯瞰とかはしてないです。それに遠目に描くつもりで…………?」 思わず石膏像を動かす手を止める。 「………軽い」 実際に持ったことなどないが、石膏像にしては明らかに軽いとわかる。これはまるで…。 「あぁこれね、中が空洞になってるみたい」 やはり。ということは中に何か仕掛けが…。と、今すぐ調べたいところだがその前に先生をやり過ごさなければ。 「もしかしてバッタもんですか?」 「ふふ、そうかもね。でも多分、卒業生の作品だと思うよ。先生、今年で五年目になるんだけど、この学校に来た時からもう置いてあったし。それに手作り感というか、個性が見える部分も少しあるし売り物ではないと思うよ」  卒業生、手作り…。掟本も手作りだったのだ。一から仕掛けを作っていてもおかしくない。いったい石膏像の中に何があるというのか…と、ここで二限が始まるチャイムが鳴った。席に戻る前にもう一度像を確かめておく。中に何かあるのはもはや間違いないのだが、それの取り出し口がさっきから一向に見つからないのだ。  皆が席に着き作業を始めていく。どうやら石膏像についてはここまでのようだ。像から離れて私も席に着き、おとなしく絵の下書きに人を描き足し始めた。  授業終わり、私は先生にあるお願いをした。「視力が落ちてきて、後ろの席で黒板の字が見えるか不安なので確かめてもいいですか」と、ついでに上下に動かしてもらうようにもお願いした。もちろんこんなのは嘘だ。これで不思議のトリガーが黒板であるかを確定させる。…今日は先生に嘘しか言ってないなぁ。ホント申し訳ない。  適当に字を書いてもらって、動かしてもらう。物音はしない。見当違いだったか?いや、決めつけるのはまだ早い。 「『さ』と『き』を見分けられるか確かめたいのでもう一度お願いしてもいいですか」 二回目のスライド、今度は音が聞こえた。  同じようにしてもう二回動かしてもらった結果、四回のうち二回音が鳴った。ほぼ確定。あとはどういう仕組みか突き止めるだけだ。ある程度予想はついているから、その調査は昼休みでもいいだろう。  先生にお礼を言い、荷物を持って美術室を後にする。扉を出る直前、先生が黒板を動かしたのだろうか、またしても例の石膏像がゴトゴトと僅かに揺れていた。  昼休み、美術室には数人の部員がいたものの美術講師の姿は見当たらなかった。今なら調べられると思い、スライド黒板の前に立つ。  黒板と石膏像が連動していることはまず間違いないだろう。それに、黒板が動いてから石膏像が動くまでに数秒のタイムラグが発生していることから、この二つは直接的に繋がっているのではなく間接的に繋がっていることがわかる。つまり、機械類を経由しているのだ。  私は黒板を動かし、手前側と奥側のボードが重なるように調整した。これで下にスペースができ、スマートフォンを入れられるようになる。カメラを起動し内カメラに切り替えて確かめていったところ、予想していた通り、奥側のボードの裏面左上に何かが取り付けられていた。  予想通りに事が運ぶと気持ちが良いものだ。その嬉しさと、これから不思議の正体を目にするワクワクとで、私は高揚していた。そうして周りの目を気にしない無敵モードに入った私は、部員がいるにも関わらず椅子の上に立って黒板裏のそれを確かめようとする。が20センチほど高さが足りなかったため、腕を伸ばしてなんとか高さを補い、カメラで二、三回撮影する。椅子の上に立ったまま写真を確認してみると、そこには意外なものが写っていた。  黒板裏のそれはモーションセンサーと呼ばれるもので、物体の動きを検知する装置らしい。あまり機械に詳しいわけではないので、ウェブに書かれていることはそれ以上わからなかった。つまるところ今回で言うと、黒板の動きを検知していたということになる。そしてその信号を石膏像に送ったのだ。おそらくあの石膏像の中には、受信機と、振動させる装置が入っているのだろう。なぜか完璧に受信しているわけではなさそうだが…。  話を戻そう。意外なものというのはもちろん、モーションセンサーのことではない。撮影した際に写り込んでいたそれは、撮影することを予測していたのか、次の不思議の場所だった。掟本と同じように「★のシール」とその近くに「→藤棚」の文字が書かれている。美術室は解けた。これで、に進める。  ふぅ、と息をつく。ずっと椅子の上に立っていたことに気が付き、慌てて降りた。周りの部員は私のことを見ないようにしてくれているようだ。その気遣いが逆に痛い。 「失礼しました」 と少し震えた小声で呟き、そそくさと美術室を後にする。  ひと段落ついたということで、疲労感がどっと押し寄せてきた。今日は忙しかったなぁ。頭使ったし嘘ついたし、最後に恥までかいた。長い息を吐きながらスマートフォンを取り出し、アルバムの写真を再度見る。「★→藤棚」さすがに今日は無理だ、これはまた明日だな。と決めたところで、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。  退屈な午後の授業が始まる。やり切った私が舟を漕いでしまうのは、仕方のないことだった。
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