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 七月末、昼休み、一向に不思議に遭遇しないことを不安に思いながら藤棚へ向かう。昨日で草刈りの作業が終わったらしく、今日からまた自由に立ち入れるようになったため早速調査をすることに。調査というか、ただ待つだけなのだが。  中庭の雰囲気はガラリと変わっていた。雑草はなく、鬱蒼としていた低木の葉叢(はむら)もバッサリと切り落とされて涼やかな雰囲気になっていた。心なしか以前よりも風がよく通っている気がする。この心地良さならモチベーションを保ったままじっと待つことができるのではないか、と思いベンチに腰掛けて小説を読んでいたところ、無情にも何も起こらないまま昼休みは終わった。ただ気持ち良く本を読んでいただけの時間だった。  リベンジの放課後、私は昼休みと変わらず本を読み始める。展開がクライマックスに入りなかなか面白くなってきたため、今日は最後まで読み切るつもりだ。不思議三割、小説七割の具合で集中する。  ……面白い。解けたかと思われた謎に新たな可能性が見え始め二転、三転…、主人公が辿り着いた全てに納得できる答え…、そしてエピローグで明かされる真実…、面白すぎる。これ程までに面白い小説が世の中にはまだまだ存在しているのか、と読了し感慨に浸っていたところ、日が傾いて周りが暗くなり始めていることに気が付いた。十八時前、この地域は夏であっても暗くなるのが早い気がする。  小説への感動のあまり不思議のことを忘れていた私は、そろそろ帰るか、と荷物を持って立ち上がる。すると、視界の端、藤棚の隅に人影があることに気付いた。あまりの驚きで数ミリ地面から飛び上がる。心臓が痙攣(けいれん)し、息が大きく乱れた。  いくら本に集中していたからと言っても、人が近づいて来たらさすがに気付く。そして、誰も近づいて来ていないと私は知っている。  その人影の正体が何なのか「わからない恐怖」に襲われながらも、私はゆっくりと視線を人影の方へ向ける。そこにあったのは…。  人影だ。それは文字通り、人の形をした影だった。ただし、とてつもなく人に似た影。頭部と胴体、そして腕が存在するその棒立ちのシルエットは、この距離から見ても間違いなく人に見える。私は直感的に理解した、これが不思議の正体であると。これは明らかに調整されて生まれた影だ。しかも「草刈りが終わる」、「とある角度まで日が落ちる」という二つの条件付きの。  影は低木によるものが大半だが、よく見ると腕と胴体の境目辺りに僅かな隙間がある。生暖かい風が中庭を吹き抜けると、その腕と胴体ははっきりと分離し歪んだ。どうやら腕を作っているのは低木ではなく他のものらしい。夕日の角度から影の元を辿ってみると、藤棚の(つる)が作為的に寄せられていることに気付く。この蔓の束が腕の影を作っているようだが、何年もこの状態であるわけがない、必ず剪定される。藤棚の剪定も草刈りと同時に行われたはずだ。つまりこの蔓を調整したのはつい最近であり、それは剪定中か、それとも…。  夕暮れの帰り道を行く。後味は悪いが、藤棚の不思議が解けたことでかなり肩の荷が下りた。この不思議に関してはタイミングが悪すぎたのだ。剪定前は人影とは最もかけ離れた状態だったため無駄に時間がかかってしまった。でもまあ、珍しく大当たりの小説に出会えたのだから許してやってもいいかな。  そしてこれでようやく進める。いよいよド定番の、トイレの不思議だ。  八月に入り夏休みまで残り二週間といったところ。私がやるべきことはもちろん、トイレの調査だ。B棟は主に二年生が使っている校舎で、一年生の私が何度も通うのはアウェイ感があって気が引けるのだが、幸いトイレはひと階に一か所の計四か所。しかも、そのうち四階のトイレはつい最近改修工事をしたらしい。つまりその四階には不思議がなく、あるとするなら残りの三か所ということになる。  それに、今回はトイレの不思議なのだ。当然、誰もが知っているを期待する。もしなら、三か所なんてすぐに終わるものだ。  六限後の校内掃除が終わり、とうとう放課後がやって来る。  いざ、「花子さん」の元へ。  こちらも先に結果を言おう。  女子トイレには花子さんなど居らず、また、他の不思議も見つからなかった。そう、女子トイレには。  つまり、つまりだ。この不思議は、男子トイレに存在する。  どうやって調べる……?  蒸し暑い体育館での終業式が終わり、夏休みが始まった。
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