10人が本棚に入れています
本棚に追加
/334ページ
第一章『虚廃の世界の片隅で』
灰色の植物標本さながら、形あるものを時間と共に閉じ込めた薄暗い部屋。
ただ一つ、花にすらなれない“私”はゆっくり腐り果てるのを待つのみ。
半年前の秋に父が亡くなった――。
これだけ聞いた人は、父親を喪った二十歳過ぎの一人娘にどんな印象を抱くのだろうか。
憐憫? 憤怒? 悲哀? それとも安堵や嘲笑か。
しかし、私の場合はどれにも当てはまらないのかもしれない。
父が亡くなったという知らせを受けた際も、葬儀から半年も経った今も。
私には悲しみも何の感慨も湧かない。
物心ついた頃から父は傍におらず、家族らしく言葉を交わしたことは一度もない。
父は、近年急速に名を挙げている或る一流IT企業に勤める多忙な身であったらしく、娘のいる家にはほとんど帰らなかった。
家にいない父に代わり、会社から派遣されたチャイルドシッターの「優花さん」とハウスキーパーの「綾さん」によって、私は育てられたもの。
父の会社は業務と家族の面倒の両立が難しい社員への配慮として、会社が雇ったお手伝い職員を家へ派遣する制度がある。
歳離れた姉のように優しかった優花さんも、気さくで寛容な叔母みたいだった綾さんも、他人なりにいつも傍にいて気にかけてくれた。
気まずかったであろう“家族”の話題についても、答えられる範囲で教えてくれた。
母親は私を産んでから間も無く、交通事故で亡くなったらしい。
一度だけ見せてもらった写真の母は淑やかで知的な美人だった。
月光に艶めく夜空色の長い髪をなびかせ、優美な垂れ目に可憐な輝きを灯していた。
つまり、母親と父親のことは写真と伝言でしか知らない。
私にとって、教科書の人物みたいな存在。
そのせいか、血の繋がった父親を亡くしたばかりだが、私の心は波紋なき静穏な水面のまま――二十五回目の“誕生日”を迎えようとしていた。
・
最初のコメントを投稿しよう!