あの日

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あの日

そして「あの日」はやって来た。 母が珍しく、「ランドセルを持って行こう」と言い出した。 私はただただ嬉しくて、ランドセルを背負って病院を訪れた。 「パーパ、パーパ、みて!  あーちゃんのランドセル、かっこいい?」 父は苦しそうに目を開けて、頷いた。 そして精一杯の笑顔を私に向けた。 気がつくと、知らない人がたくさんいた。 みんな口々に「あーちゃん、大きくなったね。」とか、「もうすぐ1年生だね。」とか話しかけて来た。 私はいつもと違う雰囲気に戸惑いながらも、毎日続けていた、父への料理作りを始めた。 「パーパ、きょうはなにがたべたいですか?」 「……。」 父からの返事はない。眠ってしまったのか。 「じゃあ、きょうは、  パーパがすきなもの、ぜんぶね。  パーパ、たまご、すきだから、  めだまやき、あとハンバーグ!」 周りから、(すす)り泣くような声が聞こえたが、私は気にせず、ピカピカのランドセルから、折り紙やセロハンテープを出した。 ただただ父の元気な姿を見たくて。 しばらくすると、父が(かす)れた声で、話し始めた。 「きょうは、目玉焼き……ハンバーグかぁ……。  あーちゃん……、パパ、これからね、……  小さな卵になるんだ。  あーちゃんには、見えないくらい、  小さな、卵……。  いつでも会えるからね……。  見えないけど、居るからね。」 *** 「あの日」から月日は流れ、私は今、中学生。 今なら本物の目玉焼きハンバーグを作ってあげるのに。折り紙じゃなくて、温かくて、目玉焼きは半熟で、母から教わった隠し味も添えて。 卵焼きだって、スクランブルエッグだって、言ってくれれば作れるんだよ。 きっと元気になる、いや元気にしてみせる!そんな料理を作ってあげるのに。 私、頑張ったんだよ。ママと二人で。 見ててくれてる? パーパ。 パーパ、今でも私の料理、食べてくれる? 今日のご飯は、私が作ったんだよ。 母が洗う食器の音が続いている。いつもの日常。
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