魔王の卵

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「僕は魔王の卵です」  周囲がざわつく。  教諭は動揺を悟られないように、一度大きく咳払いをし、改めて生徒に訊く。 「先生の聞き間違いかな。もう一度、言ってもらっても良いかい」 「はい。僕は、魔王の、卵です」  はっきりと大きな声で、卵を右手に握りしめ、ぐいっと目線に上げて言った。 「魔王になる為の教材はないので、今はRPGゲームの魔王を参考にしています」  生徒は説明口調でそう言うと、卵を割り、ごくりと一息で飲み込んだ。 「はあ……」  教室を出て、教諭は溜息をつく。 「どうしました?」  隣の教室からちょうど出てきた、女性教諭が心配そうに訊く。 「いやね、私のクラスで魔王の卵が生まれてしまいまして……」 「ええっ、それは大変ですね」  女性教諭は眉をひそめる。 「このエッグシステムは、表向きは子どもたちの夢を語ってもらうというところで、否定もできませんからね。子どもの権利もありますし」 「そうですよね……」  男性教諭は一度歩を止め、「ちなみにですが」と女性教諭の方を向き、「勇者の卵なんて――」 「いません」  女性教諭はかぶりを振り、 「困りましたね」 「はい。本当に魔王になどなられたらと思うと、恐怖でしかないですよ」 「とりあえず、その才能が芽生えないことと、全国で勇者の卵がいることに期待するしかないですかね」  数日後、授業の結果報告が提出されたが、この年、勇者の卵はいなかった。
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