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始まり
俺の名は翔太。
名乗ってすぐで大変申し訳ないんだが、今まさに生涯を終えようとしている。
夏の暑い日、夕方頃に会社から帰宅時、車に轢かれたのだ。死ぬのを確信している。手足と頭が痛いし、血が半端じゃない程流れていた。
皆そんな目で見ないでよ。分かってるって、手遅れなのは。俺なんで轢かれたんだろ。まあもうどうでもいいか。
三十二歳と短い人生だったな。嫁も子供も出来ず、なにもない人生だった。今、転生ものが流行ってるし、俺が転生出来たら何になるんだろ。そんなことを考えて目を深く閉じた。
目を開くと、そこは暗い空間。周りを見渡しても誰もいない。ここで神様か何かが現れて、次の転生先を言われるやつだな。なんて考えていると、白い霧が見えた。明らかに人の形をしていた。
凄く怖い。お化けとか苦手なタイプなんですけど。
「あの。ここはどこですか?」
凄く震えた声で喋りかけてみた。というか普通、現れたらそっちから声かけてこないかと思っていた。
「ここは、ワシと翔太だけの空間だ」
来た。転生だ。なんて内心喜んでいたが、もしかして天国や地獄への案内人かもしれない。二人だけの空間っていうの怖くないかというか、周り真っ暗だし、明らかに地獄じゃん。普通天国はお花畑じゃん。
「ワシはクロだ」
白い霧がそう言った。
「クロ?」
驚くのも理解してほしい。何を隠そうクロは、帰り道に拾った野良猫だ。家は賃貸でペットが駄目だったから、大家さんには内緒で飼っていた。俺が一階に住んでいたから、窓越しにご飯をあげていただけだったが。出会った時は子猫だったが、五年ぐらい一緒に過ごしたし、家族のような存在だった。
「分かっていると思うが、お主は今しがた死んだ。なので、ワシの体をさずけよう。だが・・」
続けてクロは少し小さな声になった。
「・・余命は明日だ」
衝撃だった。まず、クロの余命が明日には死んでしまうことに驚きが隠せなかった。今日の朝凄く元気にご飯食べてたじゃん。やっぱりあげるご飯が駄目だったのか。家の中で飼えなかったからなのか。凄くショックだった。
ひどく落ち込んでいる俺をよそに、クロは続いた。
「お主がやり残したことをやってこい。今までお世話してくれてありがとう。昔から一緒だったが、お主と過ごせてワシは幸せじゃった・・時間がもったいないの。ではな」
色々聞きたいことあったし、言いたいこともあったが、クロは言うだけ言って綺麗に消えていった。そして自分の姿も消えていくのが分かった。目が勝手に閉じていった。
目を開けたら、えらい低い視界で、すぐに自分が本当にクロになったのだと理解した。なぜなら、自分が見てる視線の先は事故現場で、もう既に亡くなっている自分の姿があったからだ。
周りの人間が亡くなった俺を見て目を背けていった。
あぁ本当に俺死んだんだな。と浸っていた。何処へ行けばなんか分からなかったが、足は勝手に自分の家に進んでいた。
帰り道も、たくさんの人がすれ違ったが、誰も気にもしないのは首輪をしているからなのか。クロに申し訳ないことしたな。というかクロって自分を「ワシ」と呼んで、俺のことを「お主」と呼んでいたな。前世が遠く昔の人間だったのかな。
クロのことを猫というだけで完全に下に見てたな。と反省をしながら帰っていた。
そんなことを考えていると、自分の家に着いた。
ボロボロの木造アパート。どんな見た目でも自分には都だった。転勤で実家を出て五年、一度も引っ越すことがなかった。大変お世話になったなと感慨に浸っていた。
俺はいつも、クロがいつ来ても分かるようにリビングのカーテンの右端を少しだが開けていた。夏場の暑い日は窓も開けていたが、一度もクロは勝手に入って家を荒らすことなかったな。そりゃ自分のことを「ワシ」と呼ぶ人がそんなことするわけないかと勝手に納得した。
家の中を見てみる。自分がクロにご飯をあげていた窓から、自分がクロの立場になって見ることになるとはな。ちなみにもちろん家には誰もいなかった。それにしても汚いもんだ。自分では凄く綺麗にしていたつもりだが、傍から見たら汚く見える。クロはこの窓からどんな気分で見ていたんだろう。
しばらく座りながら家の中を眺めていると、ようやく自分が死んだことを実感してきた。俺死んだのか。あぁ死んだんだ。なんかあっけなかったな・・まあそんくらいしか出てこなかったが。
「余命は明日。やり残したことをやってこい」
・・いやいやいや、俺明日にはまた死ななきゃいけないのかと考えたが、でもそれも、もうしばらく死ぬのは嫌だよ。痛いの嫌だ。誰かの手を煩わせるのかな。申し訳ない。とぐらいしか思わなかった。
やり残したことか。何だろう、クロ。俺は猫の姿でなにできるの。教えてよ。
すっかり日も沈み辺りは暗くなり、自分がクロにご飯をあげていた時間になっていた。
こんちくしょう。しっかりお腹は空くんだな。誰かご飯をくれないかな。と思ったが、動く元気は既になかった。そういう時は、人間の時と一緒で寝ることにしよう。たまにクロが寝ていた場所に静かに寝ることにした。
どれくらい時間が経ったのだろうか。自分は結局寝たのか。
よく分からないまま目を瞑っていた。ただ、クロが言っていた
「やり残したこと」
という言葉がずっと頭から消えることはなかった。
だがすぐに俺は痛感することになった。自分で動くことなく、やり残したことが姿を現したのだ。
家の電気が着いた。丁度余命当日になる時間だった。
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