別れ

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別れ

 冷静になってきて、本当は分かっていた。ずっと近くに一緒にいたんだから。お互いがお互いの顔を見るだけでなにを考えているか分かるようになっていたんだから。そこまで二人の仲は深くなっていたんだから。  今日で全てが終わると。  分かっていたはずなのに帰ることはできなかった。もし希が来たらと心のどこかで思っていたのかもしれない。  三時間が経過しようとしていた。寒くて仕方なかったが、空を眺め今までのことを一人思い出していた。  きっと付き合ったらお互いに立場が変わったり、逆に意識をし始めるから、ここまで長い間傍にいることはできなかったかもしれない。  俺は彼氏でもないのに、ヤキモチ妬きだったから希を困らせてしまうことがたくさんあった。希は希なりに考えて一番俺と一緒にいれるようにしてくれてたのかもしれない。希は俺と違って大人だったから、多分ずっと悩んで苦しんでその決断をしたんだろう。  俺と希は確かに両想いだったかもしれない。希は希で同じ思いだっただろう。もう二人はお互いが何をしてもお互いを嫌いになれることはなかった。だけど、嫌いになる可能性があるということは、大人になって付き合っていくうえで、夫婦になるためには、凄く大切なことだった。  嫌いになる可能性があるからこそ、改めて夫婦は永遠の愛を誓いあうのではないか。どんな壁も二人で一生懸命乗り越えるからこそ、絆が深まり愛が強まるのではないか。  俺と希にはもう乗り越える壁がなかったのだ。一緒にいる時間が長すぎたからこそ、想いのゴールが来てしまったのだと思う。いわば、二人は無敵な状態だった。相手が何をしても全てを赦し、戻る場所がそこには必ずあった。  果たしてそれは本当に幸せなのだろうか。希はもっともっと早くにそれに気づいていたのだろう。幸せだと思いながら、心の深くにはずっと複雑な感情があったのかもしれない。  涙が溢れては止まらなかった。  帰ろう。今までは希を幸せにするのは、俺がすることだと勝手に思っていたが、初めて希の幸せそのものが俺の幸せに思えた瞬間だった。  そんな時だった。  希が現れた。彼氏の車に乗って彼氏とともに。 「本当にいた。バカじゃないの。見に来てなかったらどうするつもりだったの」 「ごめん、来てくれてありがとう。帰るね」 「ちょっと待って。ごめん、これ返すね」  それは、直近のクリスマスに希にあげたネックレスだった。  希と店に行った時 「これ綺麗だね」  と好きな笑顔で言っていたネックレス。綺麗なだけあって、高校生の俺からしたら高額だった。「こんな高いの買えるわけないじゃん」 と笑って返事をしたが、修学旅行で使わなかったお金があり、内緒で買ってプレゼントで渡した。  希は嬉しそうに毎日付けてくれていた。馬鹿だから、彼氏が出来ても付けていたのだろう。そのネックレスは彼氏に引きちぎられていた。俺はネックレスだったものを無言で受取って帰った。  悲しくなかった。悔しくもなかった。ただそこでも俺は希に会えたことが嬉しかったことを覚えている。改めてどんなことをされても俺は希を嫌いになんてなれないと痛感した瞬間でもあった。それでも好きだったのだ。  クリスマスプレゼントのネックレスは帰り道の海に投げ捨てた。  希はその彼氏とすぐ別れたが、その日以降は、俺と希はただの幼馴染になっていた。俺は高校卒業をしてから地元にそのまま就職になったが、希は専攻科なので二年長く学校にいなければならなかった。  希が二十歳になるまでは、顔を合わせることが何度かあったが、話す程度の関係になっていた。ただ、どんなに時間が経って希への気持ちの火が消えかけても、希に会えばまた簡単に火は大きくなった。
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