最期

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最期

 そしてまた何年後かに、俺のお通夜で顔を見れることになるとは思わなかった。  昔のずっと思い出を振り返っていたら、あっという間にお通夜が終わっていた。  一番先に出てきたのは、希だった。会場を出て電話を出していた。 「ごめん、今お通夜終わったから。これから帰るね。先寝てて。うん、分かった」  そう言いながら、車に戻って行った。遠いところわざわざ来てくれたんだな。忙しかっただろうに。ありがとう。最期に顔を見れて嬉しかった。そう思っていた。  車のエンジンがかかったが、一向に車は動き出さなかった。長い間駐車場から出ることはなかった。せっかく地元に帰ってきたのだ。友達にでも電話しているのかな。親に電話しているのかな。大丈夫か・・  心配だった。ただなんかあったのかと思って体が動いていた。体中が重たい。もう死ぬのすぐそこだな。でも何一つ苦ではなかった。車の運転席が見える場所まで歩いた。  希は腕をハンドルに乗せ、その上に顔を埋めていた。ただ肩が震えていた。  どれくらいの時間をその恰好でいただろうか。何を思ってくれてたのだろうか。突然希は顔を上げた。ただ真っすぐ前を見るその目は、何一つなかったように前を見ていた。  当然前には、俺がいて、一旦希が降りてきた。「危ないよ、建物の近くに行こう」  そう言ってくれたが、もう体が動かなかった。  動きたくとも、もう動けなかったのだ。 「クロじゃん。あいつのラインのアイコンの子じゃん。こっちに来てたんだ。会えて良かった」  そう言った顔は好きな笑顔だった。ただ、メイクはぐちゃぐちゃになっていた。 「ちょうど良かった。今実家に顔出して、すぐ帰らなきゃいけないからその間話し相手になってよ。すぐ終わるから。今あいつのお姉さんに少しの間借りていいか聞いてくるね。そこで待っててね」  会場にまた入って行った。入ってすぐに戻ってきた。    「良いって。行こ」  そう言いながら、抱っこをし助手席に乗せてくれた。  車はゆっくりと走り出し、希の実家へ向かっていた。だが、希は何一つ話さなかった。真剣な面持ちで前を向いて運転していた。俺はそんな希を見てもなんとも思わなかった。そんなことよくあったからだ。  話したいことがあると誘われて会いに行っても、希は何も話さずにずっと手を握りくっついていた。ただ、寂しかったのだろう。誰かに傍にいてほしかったのだろう。  当時俺が何人目に呼ばれたかなんては気になっていなかった。それでも会いに行かなかった日はなかった。希の気の済むまで傍に居続けた。  そのうち、車は実家に到着した。 「ごめん、ちょっと待っててね。」  希は実家に上って行った。懐かしいな、よくここにお邪魔したな。たくさんの思い出をありがとうございました。そう思いながら、家を眺めていた。  そんな時だった、俺の体の内部が急に痛くなってきた。今まで体が重たかったり、痛くても体の節々だったが、猫になってまだ短い俺ですら分かった。明らかにこの痛みはだめなやつだ。もう本当に死ぬのはすぐだった。  希の手を煩わせたくない。改めて死ぬ怖さより、その気持ちが圧倒的に勝っていた。そうしていると、希が玄関を開けて、車に戻ってくるのが分かった。  希が運転席を開けた瞬間に俺は外に飛び出した。もう体中激痛が走っていたが、ただ一歩でも希から離れたかった。死ぬところを見られたくない気持ちもあったのかもしれない。希は俺を抱っこをし 「ほら。会場に戻るよ」  そう言っていたが、俺は暴れて希から降りてまた歩いた。希は何度も抱っこをしたが、俺は暴れて希から何度も降りて歩いた。  暴れる元気なんて既に残っていなかったが、動かせる部分を全て動かし、希から降りていた。そのうち希は、抱っこをやめ、俺に付いてくるようになった。    やめろ。付いてくるな。そう思ったが、希は俺を連れてきてしまった立場なのでそうはいかなかったのだろう。もう希に迷惑になるか。もう帰りたいよね。ごめん。最後に迷惑かけてしまった。    そう思い、歩みをやめようと思った時に、希が 「ここ・・」  と小さく呟いた。俺は前を見て歩く元気もなかったから、下を見て歩いていた。足が何度も通ったここに勝手に歩いていたのかもしれない。力を振り絞り前を見た。  幼稚園の汽車。そこからは俺は動けなくなった。  一度歩みを辞めたこの体はもう動かせなくなっていた。  希は俺を抱っこし、汽車の中の特等席へ座らせてくれた。俺は俺のいつもの席に、希は希の席に。希と俺がここに戻ってきた。  この場所から全てが始まった。楽しい思い出、辛い思い出。たくさんの思い出を作ることになった全ての始まりの場所だった。  ここで俺は最期を迎えるんだな。どんな形でも俺は希と戻って来れた。俺はもう思い残すは何一つない。清々しい気持ちで命が終わるのを希を見ながら待っていた。  希は上の窓から見える星を見ていた。その目から涙が流れた。俺が人生で見てきた涙で一番綺麗な涙に思えた。希が上を見ながら喋り出した。 「ずっと私を大切に想ってくれた。ずっと愛してくれた。私の青春時代そのもの。そこに嘘偽りはない。ずっと傍にいてくれた。私も本当に愛してた。ただ、怖くなった。ある日私が何をしても赦してくれると思ってしまった。そんな自分が嫌になった。言ったことあるんだよ。『私がどんなことをしても嫌いになれないでしょ。彼氏ができてもずっと好きでしょ』って。そしたらさ、迷うことなく私を見て『うん』って言ったんだ。嬉しかったよ。でもお嫁さんになるには、そんな気持ちを持ってしまった私は相応しくないって。その純粋な気持ちを他の人に向けて欲しいって。わざと何度も傷をつけることをしてきたよ。それでも私を嫌いになることは本当になかった。自分のことよりもいつも私を想ってくれた・・きっと今でも想ってくれてたと思う。こんな私と一緒にいてくれたこと、愛してくれたこと、ありがとうの気持ちしかない。最後に会った日はね、結婚すること言おうと思って探してたの。そしたら見つけてね、目が合わないかなと思って何度か見てたの。そうしたらあっちが帰り際に目が合ったの。言わなきゃと思ったんだけど言えなくなった。まだ私のことを好きな顔をしていたの。悔しいって、一緒にいたいって顔をしていた・・私ね、お通夜で手を合わせた時に『まだ成仏しないでください』って心のどこかで思ってしまった。最低でしょ。『私が死ぬまで、生まれ変わらずに待っててください』って。こんな最低な私をまた好きになってくれるか分からない。でも、来世があるならまた来世も翔太に愛されたい。また一緒にいたい。もう一度一緒の時を過ごしたい。」  希が喋り終わり、静かな空間になった。わずかに聞こえる虫の声と、横を通る車の音。そして希の泣き声が響いていた。  あぁ。俺この人を愛せて良かった。最期まで想えて良かった。幸せだった。まったく連絡をとらなくなって、たくさんの時間が経ったけど、どんな名曲と呼ばれている恋愛ソングが世に出ても、それと照らし合わせるのは希だった。  俺に新しい恋人が出来ても、俺はきちんと愛することができた。でも百パーセント愛することはできなかった。どうしても一パーセントだけ、心から希が消えることはなかった。  もう消す努力はいつしか辞めた。一パーセントの希を持ち続けよう。忘れないようにしよう。愛せたこと、一緒にいれたこと、何一つ後悔はなく生きよう。そう決めて生きるようにしていた。そして今、俺は昔と一緒で百パーセントで愛して死ねるんだ。    「恋は下心、愛は真心」中学校の保健室の壁にこの言葉が書いてあった。ずっと忘れれなかった。その感情が恋や愛など誰にも分からない。自分でも分からないことだと思う。ただ、胸を張って俺は自分に言おう。「愛してた」と。  二人には愛があったと思う。相手のことをきちんと考えて生きていたからこそ、結ばれなかったのだと。どんなに相手を愛しても、愛しすぎるからこそ見えることがあって、それが残酷なことだったら、愛の力で乗り越えるのが普通だと言われるかもしれない。  でも、愛の形など誰かに言われることではない。確かに二人の愛の形は、周りから見たら汚い形だったかもしれない。綺麗ではなかったと思う。でも良いのだ。その二人がお互い愛の形を大切にしていればどんな形であろうと関係ないのだ。それこそが真心の愛なのではないか。    クロ、この体をくれてありがとう。もう本当に「やり残したこと」終わったよ。もう満足だ。家族も恋愛もどちらも不器用でしか生きれなかった。でもどちらも何一つ今は後悔はない。    またどんな時代に産まれようとも、同じ家族で、同じ人を愛そう。もっと惨めでみっともない男になるかもしれない。でも、またこの人たちと一緒にいれたらいいな。もしかしたら、前世も一緒だったのかな。前世の俺も同じ家族で、同じ人を愛することを誓って死んだのかな。なんとなくそんな気がした。  心に残る全ての想いが体から抜けてった。  目が自分の意識とは逆に深く深く閉じていった。二度と開けることはできなかった。  「・・逝ったか。ではワシも逝くかの。翔太よ、本当に色々とありがとうな。ワシの『やり残した』こともこれで終わったわい。」  そう言って、空から見ていた白い霧が消えてった。
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