出会い

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 ピンポーン。誰じゃ、ワシのところへ訪ねてくるやつなどもういないぞ。 「突然すいません。明日から隣に引っ越してきます。ご挨拶と思って。これ良かったら食べて下さい。」  そう言って母と思われる人と、小学生低学年ぐらいの男の子が立っていた。 「はいはい。よろしく。」  そう言って家に戻ろうとした時 「よろしくお願いします」  そう男の子がボソッと言っていた。それは、ワシと翔太が初めて会った瞬間だった。  翌日になると、隣にどんどん荷物が運ばれ来た。多少うるさかったが、今日だけだからの。あまり気にはしないようにした。  それから数日が経った時 「行ってきます」  廊下からたまたま聞こえた。うちの市営住宅はぼろいから、廊下の声が結構響く。ワシも廊下へ出てみることにした。  男の子がランドセルを背負って行くところじゃった。ワシを見るやいなや、こやつ 「となばぁ行ってきます」  と笑顔で言った。 「こら!なんてこと言うの!」  そう言って母が男の子に怒っていた。 「え、だって隣のばあちゃんだから」  と言っていた。 「すいません、本当すいません」  と母が言っていたが、ワシは大して気にはしていなかった。 「気を付けての」  そうとだけ伝え部屋に戻った。もう七十も後半。肉親も誰ももうおらんし、ワシを煙たがる人もたくさんいた。今更何言われても何とも思わん。  その日の夕方頃、たまたまワシは廊下に出た。そしたら、廊下に隣の男の子がいて、窓から走る車を眺めて泣いていた。一人でお留守番が怖いのか。凄く寂しそうな背中をしていた。 「大丈夫か」 「あ、となば・・隣のおばあちゃん。うん、大丈夫」 「ワシの家来るか。何もないが、一人は寂しいじゃろ」  あまり知らない人を家に入れるのには抵抗がある。昔から本当に心を許した人しか上げたことがない。なぜこの子を家に入れようと思ったのか分からなかったが、純粋に可哀そうに思えたのだと思ったのかもしれん。 「でも・・知らない人の家に上がったらダメだって、お母さんが」 「大丈夫じゃ、ワシがお母さんに連絡入れといておく。上がりなさい」  実際に初めてワシのところに挨拶に来た時、お母さんから勤務先の連絡先を聞いていた。いや、渡された。 「なるべく迷惑かけないようにします。うちの子になにかあったらすぐ連絡を頂けたら助かります」  そうとだけ言っていて、最初は断る予定だったが、深々と頭を下げるもんだから断り切れなかった。  すぐにワシはお母さんに連絡し、家に上げることを了承をもらった。電話越しでも伝わるぐらいにお母さんはお礼とお詫びを言っていた。 「お邪魔します」 「入っておいで、お腹は空いてるか」 「うん、空いてる」  こやつ礼儀正しいのか、馬鹿正直なのか分からんの。家にあったよもぎ餅を出してあげた。初めて見たよもぎ餅だったのだろう、凄く驚いていた。だが、何も疑うことなく普通に食べていた。出した餅を全部食べていた。 「ご馳走さまでした。本当に美味しかったです。ありがとうございました」  深々と頭を下げていた。安心したのだろうか。顔を下に向けたまま泣いていた。 「名は何ていうんじゃ。ワシは千代じゃ」 「僕の名前は翔太。んじゃあ今日から千代ばあだね。」  屈託のない笑顔で言った。初めて呼ばれた名だったが、案外ワシは気に入ったのかもしれん。 「千代ばあ、家族はいないの?」  子供は時に残酷で、純粋たるがゆえに遠慮なく心にメスを入れてくる。 「ワシは独り身じゃ」 「そか・・じゃあ今日から僕が孫になってあげるよ。そしたら千代ばあも一人じゃないね」  こやつは本当にバカものだ。ワシからは一言もなってくれなんと言っておらん。一人が寂しいのは、お主の方ではないか。ワシはずっと一人だったから、今の生活は何一つ寂しいことなんてない。  一番バカだと思ったのは、本気で言っているその顔じゃ。その顔に押されたのか、相手が純粋なる子供が故に断れなかったのか、自分でも理解できなかった。 「そうか、ありがとの・・」  そう言うと、こやつは満面の笑みでワシを見てきた。その日の夜にこやつのお母さんが迎えに来るまで、一緒に過ごした。テレビを見たり、雑談をしたり。そのおかげで翔太の家の事情はなんとなく分かった。    お母さんが迎えに来て、深々と頭を下げていた。翔太も一緒に。 「千代ばあ、今日は本当にありがとうございました。また明日も明後日もお母さんが遅い日は千代ばあの家に来てもいいですか。」  お母さんがその後に続いて翔太に怒っていたが、ワシは 「ワシも久しぶりにたくさん人と喋って楽しかった。またいつでも来い」  とだけ伝えといた。翔太は凄い喜んでいた。
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