せめてものあがき

1/1

7人が本棚に入れています
本棚に追加
/20ページ

せめてものあがき

「クロ、ご飯出来たよ。お食べ」  姉ちゃんがご飯を持ってきてくれた。  初めて食べる猫用のご飯。いざ食べるのは抵抗あるな。というか、今二人を前にして、俺がご飯を食べれる状況ではなかった。 「食べないの?置いておくから、好きな時食べてね」  と言い、姉ちゃんは買ってきたお惣菜の入った袋を開けていた。 「私達もご飯食べよっか。簡単に作るよ」 とおかんが言い、キッチンに立った。俺は朝ご飯炊いていたし、ある程度の野菜も買っておいて良かった。と思っていた。包丁を手慣れたさばきで扱い、すぐにその料理は出てきた。  やっぱり焼飯だった。 「猫は玉ねぎ駄目みたいだから、今日は玉ねぎ抜きだけど、多分これが私が作る最後の焼飯。焼飯を作りながら思ったけど、あの子のことをどうしても思い出してしまうんだよ」  そんなこと言いながら、泣きながら俺も食べれるように焼飯を作ってくれた。 「お食べ」  目の前に出された焼飯は、紛れもないおかんの焼飯だった。決して具は豪華なものとは言えない。でも、この世で一番好きだった焼飯だ。俺は焼飯を食べた。猫になって味覚が心配だったが、最高に美味しかった。 「食べた」  姉ちゃんが驚いていた。 「どんだけ作ってきたと思うのさ」  なんて泣いたままおかんが言っていた。  ご飯を食べ終えて、二人は少し落ち着いたのか、明日以降のことを話していた。クロ、俺のことは、家に上げていた。 「一日ぐらいならなんともないでしょ」  なんて二人は言っていた。昔からそうだったな。そんな性格だったな。と感心しながら座っていた。  話を聞いていると朝にはここを出て、実家のある町へ帰るようだ。事件性もないため、検死、司法解剖はなく、すぐに引き取る形となり、遺体もすぐに実家へ帰る手筈になっていた。そして、今日にはもう葬儀を行うとのこと。  あまり友人関係も広くなく、仕事上の関係も深くなかったので、どうやら家族葬でやるらしい。そんなに急ぐのか。俺の遺体をもう少し眺めたりしないのか。と少し驚いたが、二人には、遺体を見ていられないようだった。  見た目とかではない。ただ辛いからだ。俺の目を閉じた顔を見れないみたいだ。  二人とも相当疲れてたみたいで、いつもまにか寝ていた。  そんな二人を見ながら、俺は結局恩返し出来なかったな。最後の最後まで迷惑かけて死んだな。本当にろくでもない弟、息子でごめん。と思っていた。寛大な心で、莫大な愛を全力で俺に注ぎこんでくれたのに、結局は仇で返すのか。  転勤で実家を出て、五年が経ったけど、俺は全然仕事が出来ず、自分の無力さに哀しくなって、仕事に行けなくなったことがある。そして最後の一年は精神科に通いながら、仕事に行っていた。そしてその時もおかんは、 「ごめんね。私が強く引き留めていたら、あんたがここまで追い込むことなかったのにね」  と謝っていた。何一つおかんは悪くない。自分が無力なだけだった。  姉ちゃんは何も聞かず言わずに俺を受け止めた。最後に地元に帰ったとき、何も言わずに強く俺を抱きしめた。普段泣かない姉ちゃんが泣いていた。姉ちゃんが俺のことで泣いていたのは知ってる限りほとんどない。  はっきり覚えているのは、俺の小学生の時の卒業式だ。卒業生入場で、体育館の入り口が開いた段階で涙が止まらなかったらしい。俺がまだ入場していないのに、涙が溢れたらしい。当初聞いた時は、何してんのと笑えたが、今聞くと心から嬉しく思える。  三十二歳にもなって、最後の最後まで心配をかけ続けた。本当にごめんなさい。そんなことを思い、死ぬまでに二人にできることを考えながらいつのまにか寝ていた。  日が昇った。清々しい曇り一つない朝だった。俺の寿命は今日で終わる。  まだ早朝も早朝。周辺の人はまだ寝ているだろう時間に、俺が目を覚ますと、二人は既に起きていて、帰る準備を始めていた。  やばい、まだなにも出来ていない。どうしよう。そんなこと考えてソワソワしていると、一つだけ思い出したことがあった。  俺は本当に仕事がしんどくて、三カ月前に自死をしようとしたことがあった。もう生きるのに疲れたからだ。しかし、自分が死んだ後のクロのことも気になっていたし、なにより自死できる根性が最後の最後でなかった。  そこから意味もなく、毎日を生き続けていた。結局は事故で死んだんだが。自死しようと決めた時に、二人にあてて書いた遺書があった。しかも声付き。自分でボイスレコーダーに入れていた。手紙だけでも良かったのだろうが、少しでも想いを二人に伝えたくてそういう形にした。  残しておいて良かった。せめてこれだけでも読んで、聞いて欲しかった。  三段の机の真ん中の引き出し。立てばこの俺でもギリギリ届くか?微妙な場所だな。なんて考えながら、手を必死に伸ばしていた。二人が家を出てってしまう前に開けてほしかった。  全然足に力が入らない。そりゃそうか。今日には死ぬんだもんな。でも必死に頑張っていた。 「やり残したこと」  これだと思った。ここで頑張らなければ、俺は多分後悔したまま死ぬ。一度死んだ俺にクロがくれたこの命。  クロの思いにも応えたかったが、それよりも二人に少しでも、先に勝手に死んでしまった、身勝手なバカ息子、バカな弟の最後の恩返しであった。  ・・届かない、開けない。もう足に力が入らない。これ以上この手を机から離したら、二度と同じ態勢にはなれない。そう直感で分かっていた。  帰る準備が出来たみたいだ。靴を履き、玄関を開けようとしていた時、 「やっぱりクロも連れて行く」  夜中にクロをどうするか話し合っていた。おかんは市営住宅でペットが駄目だし、姉ちゃんは犬と猫など、動き回る動物が好きじゃなかった。姉ちゃんが飼うか飼わないか凄く悩んでくれたが、姉ちゃんにも家族がいる。そんなに簡単に決めれることではなかった。  飼うのは一旦無理だと判断して、葬儀が終わってこの部屋を片付けに来るとき決めよう。そう話し合っていた。まあ妥当だわな。実際クロのご飯は買っていたから、見えるように置いておいてくれた。明日で死ぬ猫の食べる量を遥かに超えていた。水は一週間は持つであろう量を飲めるようにしていた。  そんな話で終わっていたが、姉ちゃんが突然言い出したのだ。 「別に飼うとかじゃない。ただ、今の翔太の近くにずっといたのはクロだよ。翔太も傍にいてほしいでしょ。多分、いや、翔太は絶対にそう思ってると思う。死んだあの子はろくでもないバカな弟だけど、最後まで姉として、願いを叶えさせてあげたい」  そう言って、部屋の中に戻ってきた。そこでギリギリな態勢の俺と目が合うわけだ。 「クロ。なにしてんの?遠いけど、最後にばいばい言いに一緒に行こう?おいで」  と言っていた。それでも俺はこの手をこの引き出しから離すわけにはいかなかった。一歩も動かなかった。 「やっぱりクロは置いていこう?クロがそう望んでいるなら、最後になろうとも翔太はきっとクロの望みを叶えたがると思うよ」  おかんが玄関で言った。その通りだ。猫であろうと、俺の主観で勝手なことは今までしてこなかった。この子のやりたいようにさせてきた。それもおかんは分かっていた。 「そっか。分かった。またすぐ来るからね、クロ」  そう言って姉ちゃんが玄関に体を向けようとしていた時、 「ニャーン」  と弱弱しい声で鳴いた。いや、泣いていたのかもしれない。必死の行かないでという気持ちだった。  姉ちゃんは、体をまたクロに向けた。近づいてきてクロを抱っこした。今までクロを何度かクロに会わせたことはあったが、抱っこしたことはなかった。何度も言うが、姉ちゃんは犬や猫など動き回る動物が好きではない。  そんな姉が猫を抱っこすることなど考えられなかった。放心状態だった。よくよく見たら、姉は静かに泣いていた。 「クロの『ニャーン』と言う声が、一瞬幼い頃の翔太の『姉ちゃん』って呼ぶ声に聞こえたよ。弟もバカだけど、これじゃ姉も相当バカだね。」  なんて俺にだけ聞こえるように言いながら静かに泣いて抱っこしていた。 「それで、そこには何があるの?」  なぜそう思ったかは俺には分からなかった。 「クロの姿が、完全に幼い頃の翔太に見えてね。翔太もよくわからないことをしてた。でも、そこにはなにかしらあったんだよね。隠したいこととか、見てほしいものとか。あのバカは気づいてないだろうけど。姉の私にはバレバレだったんだよね」  なんて笑っていた。そして二段目の引き出しを開けてくれた。そして奥底に埋まっていた、二通の手紙とボイスレコーダーを見つけた。 「おかんへ」と「姉ちゃんへ」と書いてあった白い封筒と「これも一緒に聞いてください」と付箋に書いて貼ってあったレコーダーを目にして、 「おかん!これ翔太からの手紙!」  姉が走って渡しに行った。 「とりあえず時間がないから、ひとまず向かいましょ」  おかんは冷静だった。それか、多分今読んだら帰りに支障をきたすと判断したのか。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加