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 希は俺の初恋の人だった。小学三年生だったと思う。  一目惚れに近いものだった。些細なことで会話をし、希が笑顔になったとき。俺の心の中に温かな感情が流れた。俺にとってそれは他の女性には抱かない変な気持ちであった。  それが恋であり、好意であることは当時は知る由もなかった。それが初恋だったということを実感したのは、大人になってからである。  それからは自分の感情に気づかず、小学生高学年になり、中学生と育つ。すっかり思春期を迎え、また周りにも恋が実り始める。俺自身も他の恋人が出来たり順風満帆な思春期を過ごしていた。一方で希は元々かわいい顔をしており、凄くモテていた。しかし、当時の希に恋人はいなかった。お互いに別々な道を歩んでいたが、また俺と希は道を交わることになる。  希とは中学二年生から同じクラスであったが、あまり関わることはなかった。俺の希への気持ちを実感した出来事。それは中学三年生の卒業間近、最後の席替えのときであった。今までの席替えはクジ引きで席を決めていたが、最後の席替えだけは、担任の先生が決定するという方式。  俺は隣の席の人など特別こだわりがなかったが、先生が決めたその席替え表には、隣の名前が「希」と書いてあったのである。  その瞬間に、俺の中で喜びの感情が溢れた。なぜだかは分からなかった。ただ隣ということだけで喜びが溢れたことだけを覚えている。隣なだけあって、会話は自然と増えた。 「勉強はどう?順調に行ってる?」 「私は大丈夫だよ。それこそっちは大丈夫なの?」  ただの些細な会話である。だがそれも嬉しかった。実際俺は頭が良くなかった。それに対し、希は頭が良く推薦で高校入学を早々に決めた。 「一緒の高校に行ってやる」  席替え後の中学三年生の冬。俺はそう勝手に決意をした。実は当時俺には、別に恋人がいた。その恋人は俺と一緒で頭が良くなく、希とは違う高校に進学しようと決めていたため、全く勉強をしていなかったのである。だが、その決意を胸に恋人と決別し、必死に勉強をした。  最初の合格率はなんと衝撃の七パーセント。今だに俺は覚えている。当時の俺は大いに笑った。入試まで残り三カ月しかないのに、七パーセントなどどう考えても絶望であったことを鮮明に覚えている。  毎日の徹夜。学校でも休み時間返上の猛勉強。どんなに辛くても、ここを頑張らなければ俺は後悔する。ただの片思いが、初めて人生を変えようとしていた。だが一つも辛くなかった。なぜなら学校に行けば、隣に希がいたからである。そんな必死に勉強している姿を希は大いにからかった。 「何今更勉強してるのさ。今まで勉強していなかったのに。分かった!私と同じ高校に行きたいんだ!そうなんでしょ」    満面の笑みでおちょくってきた。  希にとっては、いつもの会話であった。ただ、俺にとっては違った。いつもなら笑いながらおちょくりに対し反応していたが、この会話の返事は、初めて真剣に回答したのである。ただの返事であった。 「うん」  真剣な面差しで希を見ていた。そんな俺を希は真っ直ぐ見つめ、 「そっか。応援してる」  なぜ希はそう言ったか分からない。困って返事をした顔もしていなかった。また希も俺を真っすぐ見つめ、真剣な眼差しで言っていた。  俺は勉強に勉強を重ね、なんと合格を果たした。七パーセントの壁を壊したのである。合格発表の日、母も先生も大いに喜んでいたが、当時の俺はそんなことより、ただ希と同じ高校へ行けることが何よりも嬉しかった。  当時の俺は携帯を持っていなかったが、母から携帯を借りて、一通だけ希へメールを送った。事前に携帯を買った際に、すぐにメールを送れるようにメールアドレスを聞いていたのだ。 「希、翔太だよ。俺高校受かった」  絵文字も顔文字もない、ただの文字のみ。ただ少しの震えを添えて送信ボタンを押した。  メールはすぐに返っては来なかった。俺はドキドキしながら、メールを待っていた。送信し半日が経ったとき、メールが返ってきた。 「そっか。おめでと」  希との初めてのメールは味気ない文面であった。だが、そのメールを保護メールで保存した。どんな文面でも、俺にとっては希との初めてのメールであったからである。  桜咲くころ、俺と希は晴れて同じ高校へ入学をした。クラスこそ違かったが、それでも全然良かった。高校入学とともに、携帯を買ってもらった。会話こそ無かったが、メールだけは続いていた。 「クラスどう?」 「全然慣れないよ。そっちはどう?」  ほどんどがそんな世間話であった。でも一通一通が嬉しかった。携帯のアンテナマークを見つめ、交信が始まるとドキドキした。少しメールの時間が空くとすぐにメールを問い合わせした。
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