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 俺と希が急接近したのは、部活動である。俺は幼い頃から、バスケをしており、高校にはもちろんバスケ部に入部をした。中学の頃もバスケ部に所属していたが、マネージャーというものがなかった。だが高校の部活にはマネージャーが存在した。そして、代々のマネージャーはその入部した学年の中から勧誘するという伝統だった。俺は迷わずに希をマネージャーに誘った。  だが、希は頑なに断った。希は、専攻科ということもあって、勉学が忙しかった。元々頭が良く、勉学に励んでいた希にとっては、部活のマネージャーなど入るメリットもないからだ。しかし、俺は諦めることなく、希だけを誘っていた。希以外の人がマネージャー希望で体験入部をしてきたが、俺から直接マネージャーは実は決まっていると嘘を言い、誰も受け入れなかった。  大体マネージャーは入部してすぐの四月に決めなければならないが、先輩にいくら怒られても、どんだけ時間がかかっても。俺は希と決めていた。 「バスケ部のマネージャーをやってほしい」 「絶対やだ」  そんなメールを毎日一度は交わしていた。気が付けば、季節は夏に向け六月になっていた。俺はメールではなく、直談判へと作戦を変更した。 「今から会いに行ってもいい?」 「いいよ。家の近くの幼稚園の遊具にいるね」  中には入ったことはなかったが、昔から一緒だったからか家の場所は知ってた。そして、その家の近くの幼稚園がどこを指しているのかも。部活が終わって、夜遅くに俺は自転車で待ち合わせ場所へ向かった。  それから幼稚園にある汽車の遊具の中が、俺と希の秘密基地となった。一人一席の汽車。天井は低く腰を曲げなければ入れない椅子で居心地は最悪。だが、その汽車は大切な場所になり、どの空間よりも居心地が良くなった。隣に希がいたからである。  この汽車の行き先が何処へでも、どんなに長い旅になろうとも希が隣にいるなら俺は良かった。天井に少しだけ開いている小窓から見える星が、どこから見た星よりも輝いて見えた。  気がつけば俺はマネージャーの勧誘をやめ、ただ会いに行くだけになっていた。ほとんど世間話、小学生と中学生の時期に話せなかったことを永遠に話していた。 「あんた、何しに会いに来てんの?」「いいじゃん。気にすんなって」という会話をたくさんした。マネージャーに誘えば、会う理由がなくなると思ったから言えなかった。  夜遅くなっておかんに聞かれた時、どんな言い訳も希に会えるなら思いついた。気が付けば、母も毎日行く俺を見て何も言わなくなった。  そんな生活は木が紅く染まる秋にまで続いた。希は容姿が綺麗だったこともあり、学校ではモテていた。だが恋人は作らなかった。  秋頃まで続けば、会う機会は減ったものの、一週間に何回かは会っていた。その頃になると、話題も二人に追いついて、お互いの今の現状の会話になった。  息が白くなってきたころ、希が突然「マネージャー・・やってもいいよ」と小三の時の笑顔で言った。「お、おう。ありがと」突然なことすぎて、逆に反応に困った。ただただ嬉しかったことを覚えていた。  その動かない汽車は終着駅に到着した。その次の日から最期まで二度と二人はそこの秘密基地に座ることはなかった。  次の日から、希はマネージャーになった。俺はもちろん嬉しかったが、正直複雑な気分であった。二人きりで会えなくなったからだ。誘う理由も思いつかなかった。ただ帰り道は一緒だったので、一緒のバスに乗って帰っていた。  座る場所は決まっていて、一番後ろの五人掛けの椅子の、乗ったところから見て一番左の席、窓側に希で、その隣の通路側が俺だった。カバンは希は窓側に、俺は通路側に置き、邪魔にならないようにできるだけくっついて乗っていた。  汗臭いと何度も怒られた。夏に乗っていた汽車が終着駅に着いて、乗り継ぎでバスに乗るようになった気分だった。  停留所は違うが、一分でも多く会話ができるようにするため、毎度希の降りる停留所まで乗り、希を送ってから歩いて家まで帰った。最初は「なんでここまで乗ってくんの」と怒っていたが、何回も続けていたら希は何も言わなくなった。  希を送ってから、一人で帰る帰り道は、どんなに悪天候でも晴天に感じた。何も苦ではなかった。  すっかり周りも雪が積もり、綺麗な銀世界になったある日、いつも通りバスで一緒に帰ろうとして隣同士に座った瞬間、たまたま俺の手が希の手にふれた。  今まで一切ふれなかったことがなかったわけではない。中学で隣同士になった時も、一緒に汽車で過ごした時も、何度か手はふれたことはあった。その際は、すぐに手を離したり、逆に思いっきり握っておちょくったり。  ただ、その日だけ。その瞬間だけは、俺と希はお互いに違う気持ちでいたと思う。お互いが違う方向の窓を見つめ、一言も喋ることはなく、ふれていた手を離れないようにお互いがしっかりと固定をしていた。バスがどんなに揺れても、俺の右手と、希の左手の場所は希の降りる停留所までは一切動かなかった。  いつもの停留所がいつもの何倍も遠く感じた。そして、今まで喋らなかったことがなかった二人が、一言も喋ることなくバスを降りたのは初めてだった。 「ばいばい、また明日ね」  希はいつもの笑顔で俺に言った。 「おう、また明日」  俺も笑顔で帰った。  外は雪が降っていたが、心の中の温かさで一切寒く感じなかった。  次の日、いつも通り希と顔を合わせたが、お互いに何一つ顔色は変わらなかった。いつも通りの会話、いつも通りの部活。ただ帰りのバスの中だけは昨日と景色が違った。  俺は希との間に自分のカバンを置き、その下に手を置いた。前日の心の火が再燃焼したからだ。俺が変に意識をしてしまい、心はまた希の手にふれたいと思ったが、ふれないように壁を作ってしまった。  いつも通り会話をしながら帰ろうとして希を見たとき、希は俺を見ていた。そして、俺の手に希の手がふれたのだ。ただ見つめあい、手が重なった。繋いだのだ。俺の鞄で周りからは見えない、二人だけの空間で初めての二人だけの秘密ができた。会話はなかったが、いつもの停留所が近く感じた。  降りてからの二人の歩幅はいつもより短く感じた。今の時間を少しでも伸ばすように必死だった。  二人の手の上に雪が降り、ニ人の体温で雪は溶けていった。 「好きだよ」  希に言った。それ以上は何も言わなかった。いつからなのか、なぜなのか、伝える必要があるのか分からなかったが、ただそれだけしか言えなかった。 「知ってた」  希は笑って言った。好きな笑顔で。 「でも、付き合うとかはできない。勉強と部活で忙しいから彼氏は作らないって決めたんだ」  希が続けて言った。笑顔は消えていて、真剣な面持ちで。 「そかそか。ならしょうがない」  笑顔でそう希に伝えた。二人の手の上の雪はいつしか溶けなくなっていた。 「ばいばい、また明日ね」 「おう、また明日」  手が離れ背を向けてお互いが帰りだした。その時、希がどんな気持ちでいたかは分からない。ただ、俺は繋いだ手を一人見つめ強く握りしめて帰っていた。振られた悲しみはなく、伝えた後悔も一切なかった。むしろ希に伝えれたことを心から誇っていた。  今まで恋人も何人かできたことはあったが、ここまで自分の好きな気持ちが溢れたのは初めてだったのかもしれない。  帰り道で希へメールを送った。 「また明日ね」  すぐに返事は返ってきた。 「さっき言ったじゃん。また明日ね」  俺はなぜだか分からないが泣いていた。喜怒哀楽の中のどの感情かは分からなかった。安心したのかもしれない。いつも巻いてあるマフラーで涙を拭ったが、既にマフラーは雪で濡れていて、涙は拭えなかった。ただ溢れた涙を拭くには、丁度良かった。
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