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来世再見
王偉と李偉は竹馬の友だ。幼い頃から塾で競い合って育った。
ある時、王偉と李偉の住んでいる街、苑を天災が襲った。
李偉が王偉に言った。
「王偉。もし私に何かあった時は、私の家族のことを見てもらえないか? 李家の本家は遠く通州にある。弟はまだ幼い。この街で頼めるとしたら君しかいない」
王偉は李偉の肩を叩いて言った。
「いいよ。私も李偉に頼みたい。うちはこの街で親族こそ多いけど、王本家男子は私一人だ。もし私に何かあった時は、うちのことを李偉に気にかけてもらえると助かる。分家と仲が良いわけではないから」
「勿論。私で良ければ」
薄紫の花が咲く桐の樹木の下で、王偉と李偉は義兄弟の盃を交わした。
一月後、王偉が亡くなった。原因不明の急死だった。
李偉は悲しんでいる王偉のご家族に挨拶をしたが、本家である王家では早速跡取りの話を巡って分家同士が言い争っていた。
李偉は王偉のご両親に申し込まれ、成人後に王偉の妹王芳と結婚し、婿に入った。
李偉は王本家の家業を継ぎ、名目上は妻である王芳を代表とし、自身は側に控え、実務で王家を支えた。
李偉は王偉の両親と自分の両親の最期を見取り、王偉のもう一人の妹王静の子ども王秀を養子として引き取り、王芳と共に後継として育てた。そして多くの財を成し、王芳と王秀に今後の家業の訓示を遺して亡くなった。
王偉は没後しばらくして苑の隣町で生まれた。前世の記憶を思い出したのは十七歳の時。彼が前世で亡くなった年だ。
両親に願い出て、夏の連休に苑を訪ねた。
王本家は残っていた。李家も残っていた。李偉の弟李英が継いだようだ。
王偉は街の中をあちこち歩きまわって、紙銭を用意してから郊外の墓地へ向かった。道の途中にある蓮池の花が満開だった。
王偉は王家の両親の墓の前で紙銭を燃やした。李偉と王芳の墓、妹達の墓、李偉のご両親の墓、親戚の墓、友人の墓に紙銭を燃やし、最後に自分の墓にも紙銭を燃やした。魂はここにあるけれど、墓を建ててくれた皆に感謝して。
「多謝」
「……どういたしまして」
返事が聞こえて王偉が顔を上げると、奥の小道から李偉がにこにこしながら歩いてきた。
「……李偉?」
「私だ」
王偉は口を開けた。
「どうしてここに?」
「君を待ってた」
「ここで?」
「待ち合わせ場所を決めていなかったから。ここならいつか会えるかもと思って」
微笑みながら目前まで来た李偉に王偉は嬉しくなった。
「よく私が分かったな?」
「分かるよ」
李偉は笑う。
王偉は李偉の全身を眺めて言った。
「李偉は変わってないな?」
「五十七歳で亡くなったんだ。でも、君には十七歳の時の私の姿で映っているんだろう」
王偉は驚いたものの、李偉に少しだけ手を伸ばした。触れられそうなくらいはっきり姿を視認出来るのに、手がすり抜けてしまう。
日の光を浴びた鬼は気抜けするぐらい健康そうな姿だった。
「どうしてここにいるんだ?」
「君を待ってた。次に行ったら、君に頼まれていたことを『やり遂げたよ』と伝える機会が、無くなってしまうかもしれないから」
王偉の視界が歪んだ。
「もし私がここに来なかったらどうするつもりだったんだ? 皆はもう次に行ったんだろう? 待たないで行っていいんだよ」
李偉は首を振って言った。
「でも、会えただろ?」
王偉の目から涙がこぼれた。
「李偉、君が守ってくれた街を見たよ。私が継ぐより君はよくやってくれた。王家を護ってくれてありがとう……」
「君に褒めてもらえて光栄だ」
李偉はにっこり笑った。
李偉はそれから、王偉が亡くなった後の出来事を王偉に語った。王家は王秀の系譜で継いでいるらしい。長い語りを聞き終えて、王偉は深呼吸した。
「李偉、ありがとう」
「どういたしまして」
「李偉は次に行かないの?」
「ん? もう行くよ」
あっさりと言われて王偉は慌てた。
「え? もう? 催促してごめん」
「ああ。もう未練はなくなったから、行かないと」
王偉は急に心細くなった。
「次、また会えるかな……」
李偉はにこにこ笑う。
「縁があれば」
「何か合図でも決めておく?」
李偉はうーんと言いながら空を見上げた。
「もし決めても、私が忘れてしまったら君に失礼だし、君も忘れていたら後で気に病むだろう。でも、もし思い出したら、義兄弟の盃を交わした酒を飲もうと、君を誘うよ」
「ああ、それいいね! 君と王芳は結婚したから、私達は本当に義兄弟になったんだし」
李偉は笑って頷いた。
「王偉、また会おう」
「うん。また」
李偉は「じゃ」と言って生前と同じように歩いて霊園から去っていった。
その後、王偉はずっと開封しないままの地酒を持ち続けたが、開ける機会は訪れなかった。
王偉が二度の人生を終え、三度目に前世の記憶を呼び覚ました時、初級中学の女子学生だった。
「李偉、今頃どこにいるかな」
今世ではかなり遠くの土地に生まれ変わった。前世の街は名前が変わってしまったので、確認しに行かないと妄想か現実なのか確証が持てない。今世では菊祭りが有名な観光地らしい。
その年の秋、王偉は高級中学校に進学して、ある女子学生と出会った。
王偉は一目見るなり、強く惹かれた。
懐かしい感覚がする。
その子は王偉の隣の席にきた。
初めて会ったのに、ただ胸がいっぱいになる。懐かしい、会いたかったよって。
でも、初対面だから驚かせたくなくて、必死で平静を保った。人違いだったり勘違いだったら申し訳ない。あと、記憶がなかったら怖がらせてしまうだろうから。
休み時間に王偉は新しいクラスメイトと共にその子と沢山会話した。
王偉は放課後、思い切って「ねぇ、苑という街を知ってる?」とその子に聞いてみた。
「うん。今、南陽という都市だよね?」
知ってるんだ、と分かって王偉は胸が高鳴った。
「あ、あのね、もし……」
ここまで言って、変な子だと思われたらどうしようと、怖気づく気持ちが湧いてきた。
「良かったら今度、私とお酒を飲まない?」
「未成年はお酒を買えないよ」
冷静に諭されて王偉はうなだれた。お正月やお祝いの日でなければ、今の家庭でも飲酒することはほとんどない。未成年だし女性でもあるし。
しょんぼりした王偉に相手は微笑んだ。
「せっかく女の子で生まれたのに、そっちも女の子なんだ」
王偉はパッと顔を上げた。
「また会えたね」
そう言って、李偉は王偉の手をそっと握った。
「約束のお酒は、成人してから一緒に飲もう。私、語り合いたいこと沢山あるんだ」
王偉は嬉しくなって李偉の両手をぎゅうっと握った。
「私も!」
ここでも二人は生涯親友として過ごしたという。
(了)
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