見えない壁

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最近始めた遊びがある。 片手ピアノだ。 その音は酷くうるさかった。 それに文句も言わず聴いてくれたのが父である。 家族には違和感を感じていたが、それも上手くなるわけがないピアノを聴いてくれていたのだ。 ピアノを弾くと左手がない事を忘れる訓練になる。 最初は手の動きをよく見て引いていたのだが、汗が滲む。 なんで左手ある内に弾かなかったのか。 全て忘れたい 忘れていたい。 そうほのかに思いながら電子ピアノの音量を小さくして弾いていた。 思い出した。 母がよく弾いていた。妹に叱りつけて、ピアノを押し付けていた。 気づいてしまった。 大好きだった母を忘れた事と遺影の面影しかないことを。 絵も平行して練習して、ピアノだけの日もあった。 実家に普通のピアノがある。その上に母と父と兄妹たちが映る写真がある。 忘れたのになんで悲しくなれないのだろう... あんなに11の時に泣いたのにほとんど覚えていない。 わかりづらい。人が死ぬのは、当たり前だが、短な家族が若く死ぬのは、自分にとって天変地異である。 「本当にリボーンしたんだな。」 ショックではもうない。 そう思うとピアノも絵も楽しく弾ける。 上手くないピアノを弾き続ける。 忘れたことさえ忘れてしまわないように 工夫して弾き方を覚えて、それを繰り返し、永遠に繰り返し。 なんで弾いているかわからない。 前の絵が嫌いなのに上手かったのと同じなようで、その逆。 好きだから弾いている。 「おかさん、喜んでいるわ。」 祖母がピアノの動画を見せてそう言った。 ボクはこう答えた。 「そうだとイイね。」 つまりそう思えない。 家族には心の壁があってあっても会えない。 死んでたらなおさらだ。 辛い..... ......。 ピアノの音が聞こえる。 母じゃない。 イイ曲だ。 それは父が聴いていた。 .......。 電子ピアノの録音機能だった。(ボクの曲) 嫌いな進化という言葉に感慨を聴いた。 好きなものを上手になれば進化した感じになるのだと確信した。 父は下手だと思うこともなく聴いてくれたのは日に日に良くなっていたからだった。     ピアノを弾こう! ボクはそこそこ弾けるようになったのだ。 その余韻に母はいた。 母は霧になったみたいにこう言った。 「もう忘れていいよ。わたしのこと、あなたの人生だもの。」 ピアノの音とともに心が叫ぶ... 忘れてなるものか! 「さよなら。」 待て! いくな! やっと会えても忘れたら意味がない。 あんたがいた意味がない! 母はこう返した。 「わたしは悲しくさせずにいてくれるあんたのピアノが好き、わたしがピアノの一部に一度でも成れたら、あなたの手はわたしを自転車のこぎ方のように覚えてくれている。」 「待って。」 この時はピアノを弾いてる最中である。 その音色は忘れていない。 ボクの右手が母をほのかに宿しているだけじゃない。 家族のつながりが右手を動かし叩いている。 古い母のピアノを...電子ピアノで聴いていた父の録音したメロディで そうだ........。右手に家族は生きていたんだ。 それが絵になったりピアノになったり、 そう流転してみんな足跡を残していくんだ。
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