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何とピアスホールの出口が見つからず、50分ほど焦ってしまった結果、ピアスホールから出血してしまったのだ。
慌てて小夜子はピアスホールに軟膏を塗り、それからピアスを何とか入れることができた。
ピアスホールが完成していないと、そういうことはよくある話だと後で分かったからいいものの、あの時は本当に焦ってしまった。
そして耳に穴を開けて2ヶ月後の今日、小夜子はようやく旅行先で買ったお気に入りのピアスを身につけることができたのだ。
またピアスホールを傷つけるのはこりごりなので、今回はピアスのポストの先に軟膏をつけてから入れたのが、功を奏したらしい。先月は50分くらいピアスホールと格闘していたのが嘘のようだった。
今日は新しい道が完成した、記念すべき日でもあるのかもしれない。
友人曰く、耳に穴を開けたら運気が上がるのだとか。
その真偽は不明だが、ファーストピアスが貫通した時以来、ずっと自分にはいい風が吹いてきていると感じることが多いのだ。
欲しかったプリンが、残り一個の時に買えたこと。
作ったカレーが美味しかったこと。
曇天は日焼けしにくくて良い天気だなと思えるようになったこと。
街を歩いていたら、沈丁花の花がきれいにさいていたこと。
枚挙に暇がないので他は割愛するが、小さな幸せに目が向くようになった結果、毎日がご機嫌で、心の余裕が増えたのである。
なんなら、ピアスホールが完成するまでの痛い思いですら、愛おしく思えるほどである。
「そうだわ。文学フリマに遅れちゃう。早く行かないと」
小夜子は慌てて鞄を持ち、誰に言う訳でもないが、行ってきますと口にして、しゃらりと耳元で揺れるピアスの音を聞きながら家を出る。
きっと今日もいいことたくさんあるよ
と、そんな予感に背中を押されながら。
〈了〉
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