首のはなし

2/9

4人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
 じいちゃんが骨になった翌日、家の裏手にあったゴミ捨て場の前をたまたま通りかかった時だ。きゅっときつく締めた口からピンと髪の毛が飛び出しているのが見えた。  ばあちゃんだ!  急いで中をあさると新聞紙の中から粉々に割れたガラスの破片や黄ばんだ布が転がり出る。真新しい口紅や折れたまゆ墨、未使用のチーク、歯の欠けた櫛も残さず詰め込まれていた。  どうして捨てたの?  洗濯物を干していた母さんはちょっぴりバツが悪そうな顔をしながら「だって葬儀場の人に言われたのよ、埋め立てごみに出してくださいって。棺と一緒に燃やして有害物質でも発生したら大変でしょう。気を利かせたのよ。それより散らかしたならちゃんと片付けなさい、あんなもの二度と触りたくないんだから」と声を荒げた。おれは泣きたい気持ちでばあちゃんを再び新聞紙にくるみ、最後にきゅっと袋の口を結んだ。  端っこに追いやられたばあちゃんの眼球が恨めしそうにこっちを見ている。    ※ 「うわっ、最悪だ」  コンビニで棒アイスを買った。  特にこだわりはなかったが新商品の札に引かれてカゴに入れたのだ。  寒いくらいの店内から真夏の炎天下へ出て早速袋を破ると一口舐める間もなくぽとりと落ちた。ついてない。店内に戻って同じアイスを買い求めるのもばからしくなり、なにくわぬ顔して歩き出した。アイスとともに買い求めた昼飯を食べられそうな日陰を探すのだ。 「あっちぃ」  クールビズがなんだ。営業マンには関係ない。  大学卒業後、地方都市の広告代理店に就職して三年。おもに地方紙に載せる求人広告の営業をしている。成績は芳しくない。午後から手あたりしだいに飛び込み営業する予定だ。  歩行者信号ばかり賑やかな商店街を通りかかったとき、ひゅっと冷たい風が頬に当たった。 「この書店、半年前に閉店したはずなのに」  かたく閉ざされていたはずのシャッターが半分ほど開き、奥に灯りが見える。  木彫りの看板には「鵺鳴堂」と大層な店名が彫られていた。新規出店なら広告出稿を考えているかも知れない。見逃せない。営業の名刺はどこにでも入りこめる最強の武器だ、と上司が言っていた。インターフォンが見当たらなかったので奥に向かって声を掛けた。 「ごめんください」  ややあって「はい」と小さく応答がある。男か女か分からない。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加