首のはなし

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「突然失礼します。わたくし広告代理店の営業をしております〇〇のヒロタと申します。近くを通りかかったものですから、ご挨拶できればと思いまして」  シャッターの下から声を張り上げた。 「それはご丁寧に。外はさぞ暑いでしょう。どうぞ、お入りください」  声がした。男か女かまだ分からない。店内は薄暗く、ごちゃごちゃとしたものが乱雑に積んである。開店準備中なのだ。 「いえ結構です。お時間はとらせませんので」 「どうぞ、お入りください」  声音がやや硬くなる。店主の姿はまだ見えない。 「……では、お言葉に甘えて失礼いたします」  わずかにシャッターを押し上げて上体を滑りこませた。  鼻につく独特の匂い。じいちゃんの部屋の匂いだ。差し込む光にきらきらと舞う埃。そう広くない店内には桐ダンスにガラスケース、市松人形にソフビ、古びたオルガンに日本人形とソフビ人形が無造作に並べられている。奥の柱時計は四時を差して狂っていた。  いわゆる、骨董屋だ。 「狭くて申し訳ありません。先日越してきたばかりでまだ商品の整理が済んでいないのです。いま手が離せませんのでどうぞ奥まで。もちろん靴のままで構いません」 「恐れ入ります」  骨董屋に求人広告は必要ないだろう。この時点ですでに「客」の認識から外していたが、ふしぎな声に導かれるように足を進めていた。  元々の書店は間口が狭く奥に広い長屋のような造りになっていて、年老いた店主がひとりで切り盛りしていた。店頭に地方紙を置かせてもらった縁で何度か言葉を交わしたことがある。人柄は穏やかだが商いに関しては厳しかった。特に万引きには。彼がいつも客たちを見張っていたレジカウンターは片づけられ、かわりにガラスケースが積み上げられている。四隅に剥き出しの照明があり、淡い光で中身を彩っていた。  吸い寄せられるように中を覗き込んだ刹那、心臓がどっと跳ねた。 「ひっ」  おびただしい数の首が並んでいた。  女性、子ども、老人……みな目をつむって眠っている。 「いらっしゃい。驚いたでしょう」  気がつくと隣に青年が立っていた。無地のシャツにダメージジーンズを合わせたどこにでもいそうな若者だ。鼻にピアスをし、髪の毛は耳を覆うくらい長い。 「あの、これ、生首……」
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