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「亡くなった祖父が同じものを持っていたんです。祖母の首を、死ぬまで大事にしていました。でも母が不気味がって捨ててしまったので、ついさっきまで忘れていました」
「それは残念なことを」
「でも今にして思えばそれで良かったのかもしれません。祖父は自分が死んだあと祖母の首とともに焼かれると信じていた。きっと幸せだったでしょう。両親としても祖父の願いを最後まで受け止めたまま、自分たちの気持ちを考えてひっそりと処分した。おれがゴミの袋から見つけてしまったのは運が悪かっただけです」
死者を悼むのは残された家族だ。心のけじめをつけるためにもばあちゃんの首はああなるのが最善だったのかもしれない。
「ああいけない、客人にお茶も出さず失礼しました」
「お構いなく。すぐにお暇します、このあと用事もありますので」
「これもなにかの縁です、どうぞゆっくりしていってください。見てのとおり開店前で広告を出す余裕はありませんが贔屓客を何人か紹介できると思いますので」
青年は慌ただしくドアの向こうへ消えた。と思いきやすぐさま鍵の束を持って出てきた。
「ここに並んでいる首はあくまでも一部。奥の倉庫にはさらに多くの品々がありますのでお待ちいただく間ぜひご覧ください。カギはこれ、参番、扉はそこです。中に入ると左手に照明がありますので。それでは」
じゃらり、と鍵の束を渡して今度こそドアの向こうへ消えた。
呆気にとられながらも、ずしりと重い鍵の束に促されるように歩きだす。興味はないが営業の話のネタくらいにはなるだろう。
示された扉はスライド式の木戸だった。南京錠の鍵穴に参番を差し入れると、かち、と手応えがあった。立てつけの悪い扉をごとごとと開く。中は真っ暗で、ツンと空気が痛い。手探りで照明をつけるとまばらに電球が灯り、剥き出しのコンクリートに囲まれたスペースが現れた。
等間隔でずらりと並んだ棚。大浴場にある収納棚のごとく細かく仕切られた函の中には首人形が一体ずつ安置されていた。
髪の長い女性、顔に入れ墨をした男、白髪の老婆、性別不明の赤ん坊、どれひとつとして同じ首はない。左耳に白い札が下げられ、陸番、弐拾弐番、伍佰肆番などと大字で番号が振ってある。
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