首のはなし

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 表の首人形たちと同様、みな目蓋を閉じて眠っている。もし寝息が聞こえれば生きていても不思議ではないほど精巧な作りだ。 「……あ」  一点一点を丁寧に眺めていたおれは、真ん中あたりで足を止めた。というより止まった。視界が固定されて動けなくなった。 「気になるものがありましたか? ヒロタさん」  いつの間にか青年が隣に立っていた。お盆のグラスには氷入りの麦茶がつがれている。 「この顔、なんですけど」  ぎこちなく首を巡らせて壱拾玖番と書かれた首人形を指さした。  青年は「ああ」と嬉しそうに破顔する。 「お目が高い。それは半月前に手に入れたばかりの首人形ですよ。どこかの道楽家が保管していたようで、瑕も修復痕もないまっさらな首。持ち主が死んで他のがらくたとともに売り出されたところを出入りの業者が競り落として持ち込んできたんです。もし単体でオークションにかけられれば決して落とせなかったでしょうね。気になりますか?」 「気になるというか」  頭の中は、十年ほど前のテレビの映像に切り替わる。  燃えるような夕焼け空に血をこすりつけるように舞い上がる火の粉。炎を噴きながらなすすべなく崩れ落ちていく家屋。響き渡るサイレンの音に釘づけになった。 「似ているんです。中学のとき半年だけ同じクラスだった同級生に」 「ほう」  青年は笑っている。 「突然学校に来なくなって、それから一年経ったころテレビをつけたらたまたまLIVE映像が流れていまして。隣町で起きた火事の。アナウンサーさんが早口で読み上げたのが珍しい苗字だったのでもしかして、と。焼け跡から親子の遺体が発見されたのですが、子どもの方は体の一部が見つからなかったそうです。同級生の母親は元夫からひどいDVを受けていて、居場所を知られるたび逃げていたとか。見つからない体の一部は首から上だと同級生たちが噂していました」  あいつのことはよく覚えてない。中学の半年間同じクラスで過ごしたというだけで、接点と呼べるものもない。珍しい苗字だったが、下の名前はあやふやで、漢字が幸か雪だったかも定かじゃない。  頭部がないと聞いて「ああ」と妙に納得したことを覚えている。言われればきれいな顔だった。目鼻立ちがすっきりしていて自然と目を惹く顔つきだった。思い返せばよく目が合った気がする。 「これ、触ってみても?」
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