首のはなし

7/9

4人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
「構いませんよ。ただし落とさないように気をつけて。そこに観賞用の台がありますから置いて眺めてみてください」 「ありがとうございます」  息が白くなるほど寒い倉庫の中で自分の指は感覚を失いつつある。ぎゅっと手を握っては開く、を何度か繰り返してから意を決して両手を差し込んだ。  重……いや軽い? どっちだ? わかんない。  手のひらで重心を支えながらなおも慎重に引き抜く。壱拾玖番の札がゆらゆらと揺れた。  生まれたての赤ん坊を抱くように腕に意識を集中させ、ゆっくりと台の上に置く。首人形が安定したのを確認して手を放すとどっと汗が流れた。その様子を見ていた青年がこらえきれないように肩を揺らす。 「どうです、首を抱いた感触は。みなさんびっくりされるんですが」 「とても、重く感じました」 「おやそうですか。骨組みはプラスチック、中身はジェルですから一キロもないですよ」 「ほんとうですか? こんなに腕が痺れているのに」  明るいところで見た顔は、似ているような気もするし、まったくの他人にも見える。卒業アルバムにも載っていない同級生の姿はもはや自分の記憶の中にしかない。  あやふやな記憶の輪郭と目の前の首人形。答え合わせをするように手のひらで包み込んだ。丸みを帯びた頭部。内側から伝わってくる質感は固く、冷たく、無機質だ。しかし旋毛から流れる髪はドライヤーで乾かしたばかりのように柔らかく、突き出した耳は弾力があってゴムのようだ。  さらに指を滑らせる。内側から外側へ流れる眉毛、扇のように広がる睫毛ときれいな二重。形の良い鼻筋の周りにはそばかすが散り、薄く開いた唇の奥には白い歯が並んでいる。  頬骨の膨らみに触れているとしだいに熱を帯びていくのが分かった。 「きれいですね」  ぽつりと漏らしていた。 「本物みたいだ」  そう。この和紙みたいに儚げな目蓋を開いて、じっ、とおれを見ていた。  なにを言うでもなく、訴えるでもなく、目だけでおれを引きつけた。 「じつは、たびたび手紙をもらっていたんです」 「どのような?」 「郵便受けに入っていたそうなんです。学校のプリントに裏書きしたものらしく、毎回違った住所が書いてあった。母親が不気味がって勝手に捨てていたんです。おれが知ったのはあいつが死んだ次の日でした。差出人の名前はありませんでしたが特徴的な筆跡だったのでピンときた」
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加