首のはなし

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「こっそり会いに来ていたんですね」 「そうかもしれません。親子を殺した犯人はまだ見つかっていないんです。元夫が事情聴取を受けたそうですが持病で入院中だったらしく犯行はむりでした」 「それはお気の毒に」  青年は淡々と応じる。 「この首人形の出どころを調べれば目星がつくでしょうか?」 「難しいでしょうね」  青年は即答した。 「この業界は信頼が第一ですから、こそこそと嗅ぎまわるようなことをすれば二度と相手にされなくなってしまう。ぼくにとってもメリットがありません。正義感で犯人捜しをしたいのでしたらどうぞご勝手に……と言いたいところですが、老婆心で忠告するならばあなたにもメリットがあるとは思えない。ここはぼくの店であり、首人形は店の商品。あなたが『客』でなくなれば簡単に追い出すことができるのです。それに、たとえあなたが首人形を持ち出せたとしても警察に出向くことは決してないでしょう」 「なぜそう言いきれるんですか?」 「分かりますよ」  青年の瞳がほの暗く光る。 「あなたはその首人形を手放せないからです」 「え」 「これでも長いので分かりますよ。あなたはもう他の首人形には目もくれないはずだ。目の色が変わる、とはよく言ったものです。魂が震えるような興奮をご自身も強く感じているのではないですか」  返す言葉がなかった。  たとえ同級生の手がかりだったとしても、警察に提出したあとどんな扱いを受けるか分かったものじゃない。こんなにきれいなものが分解され、検査にかけられ、溶かされ、バラバラにされる。ばあちゃんのように。──いやだ、考えたくもない。 「麦茶、ここに置いておきますね」  青年は笑いながらお盆を置いた。 「店の方にいますのでどうぞ気が済むまでご覧ください。その首人形は本来であれば数百万の値がしますが、これもなにかの縁。税込八十七万三千四百円でお譲りしましょう。レシートと一緒に贔屓筋の名刺をお渡ししますね」  足音が遠ざかっていく。  現実感も遠のいていくようだった。  静まり返った倉庫の床に両膝をついて首人形を覗き込む。これが八十七万……新卒三年目には高すぎる買い物だ。  吐き出した息が白く濁る。  だが心はとっくに決まっている。分割払い、消費者金融、親からの借金。使える手はなんでも使ってやる。
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